「人間は太古の昔から男性優位社会だった」は本当か?

動物の何が「生まれつき」の行動で何がそうでないかを見極めるのは、口で言うほど簡単ではない。2010年、マックス・プランク研究所の研究者らはザンビアの野生動物保護施設で、あるチンパンジーが特に理由もなく、片方の耳に草の葉を差し込んでいるのを見つけた。

まもなく、ほかのチンパンジーも真似をするようになり、その傾向は最初のチンパンジーが死んだあとも続いた。科学者らはこれを「伝統」と呼んだ。

だが、ここにジレンマが生じる。ほかの霊長類が伝統や社会習慣のようなものを新しくつくり出せるというのなら、ヒトのように文化的に複雑な種において、決して変わらない普遍的な性質をどうやって見極めればいいのだろうか。

ドゥ・ヴァールによると、西アフリカには群れのまとまりが強いチンパンジーのコミュニティがいくつかあり、それは東アフリカの群れとは異なるという。そうした社会では、メスの影響力が大きい。

チンパンジーの群れ
チンパンジーの群れ
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この違いもある程度は文化的なものかもしれないと彼は考えている。

「人類にとって家父長制が自然なことであり……男性による支配や暴力は必然であるというのは、言い過ぎだと思います。それが人類にとって自然の状態だとは必ずしも言えません」とドゥ・ヴァ―ルは話す。

ほかの霊長類と比べると、父親を頂点とするヒトの「家父長的」な家族は、かなり奇妙に見える。イギリス王立協会の2019年会報の特集号で、ニューメキシコ大学の人類学者メリッサ・エメリー・トンプソンは、「霊長類のなかに、ヒトとよく似た種はない」と述べた。それどころか、ほかの霊長類の血縁関係は、一貫して父親よりも母親を通じてまとまっていることがわかったという。

この事実には何の意味もないかもしれない。ヒトがほかの霊長類と違うというだけかもしれない。だが、霊長類では母親との結びつきは一貫して見られる特徴だったため、人類を研究する科学者たちは世代を超えた母系の結びつきの重要性を過小評価してきたのではないか、とトンプソンは考えるようになった。

人類の家父長制を生物学によって説明できると固く信じていた専門家らは、母親が父親と同程度の権力をもつ可能性が目に入らなくなっていたのだ。

#3 に続く

文/アンジェラ・サイニー(訳=道本美穂) 写真/Shutterstock

家父長制の起源 男たちはいかにして支配者になったのか
アンジェラ・サイニー (著), 道本 美穂 (翻訳)
家父長制の起源 男たちはいかにして支配者になったのか
2024/10/25
2,530円(税込)
416ページ
ISBN: 978-4087370065

《各界から絶賛の声、多数!》

家父長制は普遍でも不変でもない。
歴史のなかに起源のあるものには、必ず終わりがある。
先史時代から現代まで、最新の知見にもとづいた挑戦の書。
――上野千鶴子氏 (社会学者)

男と女の「当たり前」を疑うことから始まった太古への旅。
あなたの思い込みは根底からくつがえる。
――斎藤美奈子氏 (文芸評論家)

家父長制といえば、 “行き詰まり”か“解放”かという大きな物語で語られがちだ。
しかし、本書は極論に流されることなく、多様な“抵抗”のありかたを
丹念に見ていく誠実な態度で貫かれている。
――小川公代氏 (英文学者)

人類史を支配ありきで語るのはもうやめよう。
歴史的想像力としての女性解放。
――栗原康氏 (政治学者)

《内容紹介》
男はどうして偉そうなのか。
なぜ男性ばかりが社会的地位を独占しているのか。
男が女性を支配する「家父長制」は、人類の始まりから続く不可避なものなのか。

これらの問いに答えるべく、著者は歴史をひもとき、世界各地を訪ねながら、さまざまな家父長制なき社会を掘り下げていく。
丹念な取材によって見えてきたものとは……。
抑圧の真の根源を探りながら、未来の変革と希望へと読者を誘う話題作。

《世界各国で話題沸騰》

WATERSTONES BOOK OF THE YEAR 2023 政治部門受賞作
2023年度オーウェル賞最終候補作

明晰な知性によって、家父長制の概念と歴史を解き明かした、
息をのむほど印象的で刺激的な本だ。
――フィナンシャル・タイムズ

希望に満ちた本である。なぜかといえば、より平等な社会が可能であることを示し、
実際に平等な社会が繁栄していることを教えてくれるからだ。
歴史的にも、現在でも、そしてあらゆる場所で。
――ガーディアン

サイニーは、この議論にきらめく知性を持ち込んでいる。
興味深い情報のかけらを掘り起こし、それらを単純化しすぎずに、
大きな全体像にまとめ上げるのが非常にうまい。
――オブザーバー

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