ボノボ社会では「メスによる支配」が一般的

以前、私がカリフォルニアのサンディエゴ動物園を訪れたときのこと。攻撃を受けたばかりだというボノボ(注:チンパンジーと並んでヒトに最も近縁な霊長類)の檻に居合わせたことがある。

檻のなかを覗き込むと、手に傷を負って、群れに背を向けてしゃがみ込んでいるボノボが見える。怯えているのか、困惑しているのか、私の目をじっと見つめる姿に、痛々しさを感じずにはいられなかった。

南カリフォルニア大学の霊長類学者で、ボノボから顔を覚えられてしまうほど長年ここで研究をしてきたエイミー・パリッシュは、こう話してくれた。「オスのボノボは普通、母親を頼りにします。守ってもらうことで、群れのなかで地位を築きます」。母親が周りにいなかったので、このボノボはたちまち年上のメスから攻撃されてしまったという。

ボノボ
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あの日、私が動物園にパリッシュを訪ねてから5年が経つうちに、ボノボに関する彼女の研究によって、「この種ではメスによる支配が一般的」だという科学的コンセンサスが確立した。

ボノボのメスは、オスを追いかけて攻撃することで知られている。そして、この事実は人間にとって重要な意味をもつ。なぜなら、ボノボは進化においてチンパンジーと同じくらい私たちヒトに近く、動物界で遺伝的に最もヒトに近い種の一つだからである。

霊長類学の専門家で、エモリー大学で心理学の教授を務めるフランス・ドゥ・ヴァールは、飼育下でも野生でも、オスが率いるボノボの群れは見たことがないと断言する。「20年ほど前までは、このことは少々疑わしいと思われていました。でも、もうそんなことを言う人はいません。メスが支配していることが明らかになったのです」。

確かに、オスによる支配は動物界でも一般的で、たとえばチンパンジーも同様だ。「多くの人は家父長制(注:特に年長の男性による女性の支配)を当たり前だと考えています」とパリッシュは言う。だが、それは決して揺るぎないルールではない。研究が進むにつれて、さまざまなバリエーションが明らかになっている。

メスによる支配はボノボだけでなく、シャチ、ライオン、ブチハイエナ、キツネザル、ゾウの群れでも見られる。

支配権がどうやって生まれるのかを理解するうえで、「ボノボから学べることはたくさんある」とパリッシュはつけ加える。少なくともこの種では、体格の大小は関係ない。ボノボのメスは平均すると、オスよりもわずかに小さいが、オスが支配するチンパンジーでも同様に、メスのほうがわずかに小さい。

ボノボのメスがチンパンジーのメスと違うのは、メス同士に血縁関係がなくても強い社会的絆を結び、互いの性器をこすり合わせることでその絆を強化し、緊張関係を和らげることである。こうした親密な社会的ネットワークが権力を生み出すと、個々のオスは群れを支配するのが難しくなる。