「身体の大きさ」や「強さ」だけではリーダーになれない
「オスは生まれつきメスより上の立場にあり、オスはメスより優れたリーダーになれるという物語に私たちはとらわれています。でも、この説は成り立たない、根拠がないと思います」とドゥ・ヴァールは説明した。
だが、彼自身もパリッシュも経験してきたように、人にそれを納得させるのには必要以上に時間がかかる。「男性にとって、女性が支配権を握ることを受け入れるのはとても難しいのです」とドゥ・ヴァールは言う。動物行動学の研究は、こうした性差別主義者の「神話」によって、何世代にもわたって壁にぶつかってきた。
「ジェンダーとボノボについて書くのは、男性として興味深いことです。私が書いていることを女性が書いたとしたら、おそらく無視されるでしょうからね」とドゥ・ヴァールはつけ加えた。
仲間の霊長類学者でさえも、明らかにメスが支配する種が存在するということをなかなか認めようとしなかったという。以前、ボノボの群れを支配するメスの力についてドイツで講義をしたときのことを、彼はこう振り返った。「ディスカッションの最後に、年配のドイツ人の教授が立ち上がって言ったのです。『このオスたちには何か問題があるのか?』」。
ここにあるのは性差別だけではない。私たちはほかの種を観察するとき、ヒトと共通するものを探そうとする。
ヒトの社会が男性優位な家父長制であるのなら、人間に最も近い霊長類の親戚、つまりヒトの祖先と考えられる種でも、同じような社会が見られるはずだ、というわけだ。男性支配の進化のルーツについて、そこから何かがわかるはずだと私たちは考えてしまうのだ。
家父長制が時代を超えた普遍的なものであるのなら、少なくともほかの種、とりわけ進化の系統樹でヒトに最も近い種のなかに、ヒト同様の家父長制のパターンが見つかるはずだ。
ところが、霊長類学者のフランス・ドゥ・ヴァールによると、動物学研究者が言う「オスによる支配」とは、オス同士が互いに支配的立場を主張することを指す場合がほとんどだという。
これはメスに対する支配を指すのではない。「オスが支配するチンパンジーの社会にさえ、メスのリーダーはいます」と彼は言う。
メスに対する性的強制は、確かに起きることはある。だが、それがどれくらい暴力的でどの程度のものであるかは、種によって大きく異なる。
また、オスのあいだでも、身体の大きさや攻撃力は、必ずしも決定的な強みにはならない。群れのボスは、仲間を打ち負かして服従させるだけでなく、仲間と戦略的な同盟関係を結んで勝利を収める。
霊長類は威圧的な相手に支配されたり、不当に扱われたりするのを好まない。優しさ、社会性、協調性なども、支配に関わる重要な特質になる。身体がとても小さいチンパンジーであっても、信頼と忠誠を集める能力を示せば群れのボスになれる、とドゥ・ヴァールは言う。
ブリストル大学の生物学者、エイミー・モリス= ドレイクによると、平和を維持するための紛争管理の戦略は、カラスや飼い犬でも見られる。コビトマングースも仲間に喧嘩を仕掛けてきた相手を覚えていて、あとからその相手に冷たい態度を取るという。ドレイクはこの研究結果を2021年に発表したグループの一員だった。