丁寧に、飾らずに、嘘をつかず

劇中で強烈なインパクトを残すのが、双極性障害を発症した灯の苦しみ。演じる富田望生が咆哮するさまは、行き場のない怒りや憤り、不安が目を背けたくなるほどスクリーンから迫ってくる。

では、なぜ灯は精神のバランスを崩したのか。彼女が抱えるモヤモヤは多く描かれるものの、決定的な出来事は示されていない。はっきり言ってしまえば、灯がなぜ急激に心のバランスを崩したのか、わからないのだ。

「心のケアをする精神科医などに取材をしていく中で、あれがリアルだと感じました。言い方は変ですけど、ドラマのようにはいかないというか。“病気”としてきっかけをわかりやすく描くのではなく、誰にでもある心の傷つきの過程を丁寧に、飾らずに、嘘をつかずに描きたいと思ったんです」

「韓国人だと思ったことがない」灯にとって、阪神大震災を知らないこと、在日コリアンとして父や祖父母が経験してきた苦労を知らないことは、近くにいる家族にも理解してもらえない。徹底的に”わかり合えなさ”を描く映画において、灯の心情がわかりづらいのは、必然だったのだ。

灯(富田望生)と父(甲本雅裕) 写真/©Minato Studio 2025 
灯(富田望生)と父(甲本雅裕) 写真/©Minato Studio 2025 

登場人物全員が抱える生きづらさ

実は帰化をめぐって灯と激しく対立する父も、設定上は双極性障害に該当するようなキャラクターと捉えて描いたとのこと。そんな夫を持つ灯の母も、配偶者として精神的な負荷を抱えている。病名はついていないが、登場人物全員が何かしらの苦しみを抱えているのだ。

「灯の父のように自覚がない人もいますし、生きづらさを感じているのに病院に足を踏み入れること自体に抵抗を感じる人もいます。そして病名をもらった時点でショックに感じる人と、ほっとする人がいる。同じ病気の方でも向き合い方や受け止め方にグラデーションがありますし、辛さを他人にわかってもらえない苦しさは、私を含め、誰もが経験してきたことだと思います」

ドラマ作りの名手が追求したリアル

ちなみに、多くの朝ドラで演出を務めてきた安達なら、カタルシスを感じるラストシーンにすることも可能だったはずだが、ここでも徹底して「リアル」を追求している。

「灯が抱える問題が晴れやかに解決することは多分ないし、多分、一生付き合っていかなければいけないこと。綺麗事にせず、ちょっとずつ光を見出して生きていくことを暗示させる終わり方を目指しました」