技術力で世界をリードする日本製鉄

ここで疑問に感じるのは、日本製鉄がアメリカ国内の同業他社が提示する2倍もの金額で買収する目的だ。

傾きかけたUSスチールを巨額買収する意味はどこにあるのか。

最大の魅力はアメリカの需要の高さだろう。日本は2022年に8900万トンの粗鋼を生産する一方、需要は5500万トンほど。供給能力が上回っているため鉄不足に陥ることはない。

しかし、アメリカの需要は国内の供給量を上回っており、自給率は7割ほどだ。

USスチールは稼働が停止しているものや建設中のものも含めて高炉8基、電炉5基を持っており、4000億円の設備投資で日本製鉄の技術を導入することができれば、生産量を引き上げられるというわけだ。

加えてバイデン政権は2024年4月に中国製の鉄鋼に3倍の関税をかけることを示唆。アメリカ国内の生産性を高めることで、高値で販売できる未来も見えてくる。

日本で最大手の鉄鋼メーカーである日本製鉄株式会社 写真/Shutterstock
日本で最大手の鉄鋼メーカーである日本製鉄株式会社 写真/Shutterstock

アメリカの遅々として進まない脱炭素化も、日本製鉄にとって重要なマーケットだ。

バイデン政権は過去に、2030年までに温室効果ガス排出量を2005年比50~52%削減する目標を掲げているが、アメリカの民間調査会社は2022年の温室効果ガスの排出量が、前年比1.3%増加したと発表した。

そこに日本製鉄は高炉水素還元で、二酸化炭素を40%以上削減する試験炉を確立したと発表している。40%の削減は世界初であり、開発目標を1年前倒しで達成した。

鉄鋼製造は、鉄鉱石から酸素を分離する過程で石炭を使う必要があり、そこで大量の二酸化炭素を放出する。

しかし、日本製鉄は水素での還元に成功しており、この方法であれば水蒸気の発生に変えることができる。

ただし、水蒸気で炉内の温度が低下するため、鉄が溶融しないなどの乗り越えるべきハードルが高い。日本製鉄は高温での水素吹込みなどの対策を行ない、環境に優しい夢の製鉄技術の確立に邁進している。

買収によってUSスチールは、2030年までに2018年比で20%の二酸化炭素排出量削減を行なうというビジョンを描いていた。

M&Aが成立すれば、日本製鉄の粗鋼生産量は世界第3位となる。シェアが高まることによって、環境負荷の低い高級鋼材を世界中で販売する足掛かりとなる期待もあった。