「自然のリズム」と「経済のリズム」のはざまで

インド仏教僧としての出家は僕自身、思いもよらぬ出来事だった。でも振り返ると、そこで師の佐々井秀嶺上人に「お前はそれ(会社)を何のためにやっているのだ」と問われ、自分と会社に改めて向き合えたように思う。

それまでは、売上が伸びて社員も増やし、様々な人たちからの期待値も高まるなか、常に「もっと、もっと」という焦りを抱えていた。

自然のリズムと共に生きる工芸の世界に片足を突っ込みながら、片足は経営者として資本主義経済のリズムで生きなければいけない。そこで引き裂かれそうになり苦しんでいたのだと思う。

心の声に正直になれば、僕も職人さんたちと同じ自然のサイクルと共に歩むような生き方がしたい。一方で、自分たちがビジネスをどんどん拡張しなければ職人さんに恩返しができない。どう折り合いがつけられるのか悩んでしまった。

しかし今は、自分のなかの線引きができたことで、目指す方向がはっきりした。現代の資本主義社会に飲み込まれず、かつそこから逃避するのでもないやり方で、僕たちにしかできない伝統工芸への貢献の仕方があると思う。

それは僕たちが起業したKASASAGI(カササギ)が「人のための会社」となり、「ものづくりのための経済」を目指すことだ。逆に言えばいま、従業員や顧客を「会社のための人」とみなし、「経済のためのものづくり」を行う考えが過剰になった結果、様々な歪みが生じている。

思えば、起業当初に立ち上げた「伝統工芸品の海外向けECサイト」が突き当たった壁も、この問題と関わっている。全国行脚して職人さんたちに取扱依頼をさせていただき、創業2年目には国内最多取扱品目数を誇るECサイトをグランドオープンした。

しかし、このサイトはほぼ鳴かず飛ばずだったのだ。「自分たちの若い感性で選んだオシャレな工芸品を通販で売ればイケる!」と思い、海外向けの翻訳テキストも微細なニュアンスまで気配りして臨んだ僕たちには、大きな痛手だった。

分析すれば理由はいくつか挙げられるが、大きかったのは、職人さんとお客さんの架け橋になるべき僕たちの「売り方」が、双方の実情にマッチしていなかったことだろう。

伝統工芸品ECサイト「KASASAGIDO」(https://kasasagido.jp/)。現在は当初の課題をふまえ「美しいものを、正しく届ける」をモットーに堅実な発展を目指している。
伝統工芸品ECサイト「KASASAGIDO」(https://kasasagido.jp/)。現在は当初の課題をふまえ「美しいものを、正しく届ける」をモットーに堅実な発展を目指している。
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資金力のなかった僕たちが日本一の取扱品目数を実現できた理由は、ほぼ全商品が委託販売方式のドロップシップ(職人さんからお客様への直送方式)だったからである。

工芸業界の取引条件には大きく分けて「買取」「委託」 の2つがある。買取販売では卸業者や小売店がリスクを負ってメーカー(工房や職人さん)から購入し、在庫を抱えて売っていく。

委託販売では、メーカーから商品を預かって販売するため、在庫リスクはメーカー負担、売れなければ戻ってくる。僕たちが採った委託形式でのネット通販では、職人さん側に在庫があれば即納品だが、販売数も読めない状況で常に即納できる工房は少なかった。

結果、お客さんを注文から2、3か月待たせてしまうことも多くなる。リードタイム(所要期間)が長い一方、タイミングが重要な贈答品などの需要も多い工芸品で、無在庫通販は難しかったのだ。

そして、これは工芸産業全体の課題ともつながる。かつては産地問屋が企画・製造リスクを負担し、百貨店が買取で在庫リスクを負担することも多かったという。

しかし時代の変化のなか、問屋も百貨店もそうしたリスクをとれなくなってきた。そこで自らネットショップを立ち上げる職人さんも増えたが、多くは本業ではない不得意な仕事に苦心している。

他方、百貨店では職人さんたちに「売れ筋のもの」を短期間で多数納品することを求めるなど、仕入れ条件は厳しさを増している。生き残るためそれに応じるばかりでは、職人さん本来のこだわりや情熱、モノづくりの悦びは失われてしまうだろう。

こう言っては失礼だが、食べていくために「ゾンビ職人」のような仕事があふれてしまう。そして、本物の工芸に親しむ人が育まれないという負のスパイラルが進む。なかには「地方創生」などを掲げながら、実態はこうした悪循環に加担するような動きまで見られるのは、本当に残念でならない。

広く社会を見渡せば、経済至上主義が加速するなかで、同じような問題は多くの領域で起きていると思う。僕たちはそんな時代において、工芸の価値を新しい取り組みで届けることで、この状況を変えていきたい。