買付者への配慮か? TOB価格の半額以下で譲渡
船井哲雄氏は、創業者の長男として会社の業績を回復させ、再成長させる必要があるとは考えていた。
しかし、ビジネスの中でもとりわけ難易度の高い経営再建という大仕事は、経験を有する経営者に任せたほうが中期的な発展が望めるだろうという思いを強くしていく。
そこで当時、船井電機の第9位の大株主だった船井興産の専務取締役・黒宮彰浩氏を介して、複数の投資ファンドとの接触の機会を持ったのだ。
業績が悪化していたとはいえ、豊富なキャッシュを持つ船井電機クラスの買収であれば、並みいるPEファンドが諸手を挙げて提案へと向かったのは想像に難くない。
しかし、ファンドとの信頼関係を築くことはできなかったため、船井電機の顧問だった板東浩二氏に相談することとなった。
板東浩二氏といえば、債務超過だったジーアールホームネット(後のNTTぷらら)のV字回復を主導し、「ひかりTV」事業を立ち上げた名経営者。再建にはうってつけの人物というわけだ。
当時、板東氏は船井電機の顧問の他に、株式会社敬屋社中という経営支援を行なう会社の顧問も務めていた。敬屋社中の代表取締役社長こそ、上田智一氏である。
船井哲雄氏は、上田智一氏がM&Aにおける豊富な経験を持っており、業績改善や事業拡大の実績があったことから船井電機の再成長を託すこととなった。
驚くべきことに、船井哲雄氏は持株をTOB価格918円の半分以下である、403円で譲渡している。公開買付者の資金調達コスト低減のメリットが大きいスキームを模索していたことからも、よほどの信頼関係が構築されていたものと予想できる。
M&Aのプロ中のプロであるPEファンドの提案をことごとく却下していた船井哲雄氏が、それほどの配慮をしているのだ。
船井電機の美容業界進出は本当に不自然なのか?
非上場化後の船井電機は、代表取締役会長兼社長・板東浩二氏、代表取締役・上田智一氏という新たな体制で再スタートを切った。
2021年3月期は液晶テレビを主軸とする映像機器が、売上全体の9割を占めていた。板東浩二氏は2021年8月に報道陣の取材に応じ、新規事業に力を入れて売上の半分程度まで高めるとする方針を語っている。
直近通期の映像機器事業の売上高は1割の減収であり、別事業に活路を見出だすという方針自体には納得感があった。
2023年4月、そうした新体制下で新規事業拡大を図る船井電機は全国で脱毛サロンを展開するミュゼプラチナムを買収している。主力事業であった薄型テレビ事業が伸び悩むなか、美容事業への参入。
船井電機のミュゼプラチナム買収に、不自然だとの声は多い。しかし、船井電機は2020年5月に歯科医師用の断層撮影装置メーカーのプレキシオンを12億円で買収している。
2017年からは電動ベッドの駆動部品や制御ソフトの開発を進め、寝具メーカーなどへ販売していた。つまり、液晶テレビからの脱却を図るため、健康機器や医療などへと活路を求めていたのだ。
ミュゼはサロンの運営も行なっているが、自宅で脱毛ができる美容機器や美顔器、シェーバーなどの販売も行なっている。
そう考えると、船井電機の経営再建の延長線上に健康と医療、美容機器業界への本格参入という意思決定があったとしても、決してずれているものだとは言えないのではないか。