加害者は嘘の証言繰り返し“実刑逃れ”
初公判は2020年5月28日、静岡地裁沼津支部で開かれた。証言台に立ったWは「青信号を確認して交差点に入った」と無罪を主張し、従来の証言を変えなかった。
大きな動きがあったのは、カーナビの解析結果が発表された5ヶ月後の第2回公判である。カーナビは、Wが交差点に進入したとき、信号が赤に変わってから7秒も経過していたことを記録していた。信号は紛れもなく〝赤〟だったのである。
その証拠が出されるや否や、Wは言動を豹変させる。今までの言動がなかったかのようにあっけなく赤信号を見落したことを認め、すぐに弁護士を通じて謝罪文と見舞金100万円を受け取ってほしいと申し出た。杏梨(勝美の娘)は言う。
「今さら何を言ってるの、と。なにせ、一度も私たちのほうを見て頭を下げなかったんですから。申し訳ないと思っています。そう口にはしましたが、まるで自分の刑を軽くするため裁判官に向けて謝罪してるようなパフォーマンスにしか思えませんでした」
彼女の推測は的を射ていた。公判の過程で、Wが事故の約1年前にも前方不注意で前の車に衝突し、運転手に怪我を負わせていたことが判明したのだ。しかも、Wの夫は「そんな大した事故じゃなくて。人身事故になんてなるとは思ってなかったんですけどね」と笑いながら話した。その口調は、まるで運が悪かったとでも言いたげだ。
なぜ信号確認を怠たったかについても、Wは「自分でもよくわかりません」と供述するだけで、明確な答えが出ることはなかった。遺族はスマホ操作による〝ながら運転〟を疑い、警察や検察に調査を要請する。しかし捜査機関が事故原因を究明することはなかった。勝美の過失として発表した手前、事を荒立てたくはない。そんな思惑すら見えてくる。
Wも、ながら運転を一貫して否認した。過失運転致死罪に、ながら運転が加わると、判例ではここ数年、実刑になることが多いからだろう。
裁判は真実を明らかにする場所ではなく、罪状と判例に当てはめるための儀式なのか。私には、勝美の死があまりに軽んじられている気がしてならない。
裁判はさらに混沌とする。加害者側が遺族の事故後の行いについても批判を繰り返したことに関し、ついには不偏不党の立場を守る裁判長の堪忍袋の緒が切れ、審理を中断してまで長時間の説教を行ったのだ。