業界への恩返しをしておこう

3人のうち最年長でブレンダーの鬼頭英明さんは「自分たちの都合のよいものづくりではなく、飲んでくれた人が幸せになるものをつくりたい。その部分はキリン時代から培ってきたベースで、3人とも共通しています」と話す。

この先やりたいことについても聞いてみた。

「いずれこの蒸留所は、五島の人たちが誇りを持って働ける場として、やる気のある人たちに継いで欲しいと考えています」(鬼頭氏)

「富士山麓」などのウィスキーをはじめとする、さまざまな酒のブレンダーとして活躍してきた鬼頭氏
「富士山麓」などのウィスキーをはじめとする、さまざまな酒のブレンダーとして活躍してきた鬼頭氏

鬼頭さんはまた、この蒸留所だけでなく「日本全体の蒸留酒の底上げ」をすべく、新規参入している人たちの手伝いもしている。

「例えば今、クラフトジンでいえば、120以上の銘柄、クラフトウィスキーでは100を超える蒸留所が出来ていて、酒造り未経験の人の参入が多い。せっかくジャパニーズウィスキーが世界でこれだけ評価されているので、香味品質の低い酒が出て、その評価が下がることなく、更に向上できるように酒造り経験、技術のない人に自分の持っているものを渡していきたいです。

自分はバブルの頃、カリフォルニア大学に研究留学させてもらうなど、会社に多くの経験をさせてもらいました。今は日本の社会や企業にそうした余裕がなく、若い人は同様の経験をさせてもらえない。だったら自分が、業界への恩返しをしておこうと」

ドイツのアーノルド・ホルスタイン社にオーダーした特注の蒸留器は発注から製造に11か月かかった。門田さん曰く「4人目の相棒」
ドイツのアーノルド・ホルスタイン社にオーダーした特注の蒸留器は発注から製造に11か月かかった。門田さん曰く「4人目の相棒」

そんな鬼頭さんがブレンドしたGOTOGIN、3人らしい「男っぽいジン」でもあり、ここに根付いて暮らしを脈々と受け継いできた、五島の人の逞しさも表現されている気がする味なのだ。

最後に門田さんに、今後の目標を聞いてみた。

「来年以降海外へ出荷できるよう、増産を計画しているので、いずれGOTOGINで世界をびっくりさせたい。東の端の国の、西の端の島で造る僕たちのクラフトジンが世界で通用したら、そこでやっと自信が持てると思います。村上春樹が著書『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』の中で『うまい酒は旅をしない』と書いていますが、僕たちの夢は世界中からここに来てGOTOGINを飲んでくれることです」

50代で脱サラして離島で暮らすおじさん3人、驚きの誤算で大忙し…「月3千本造っても足りない」長崎の人が次々とファンになるクラフトジン「GOTOGIN」の今とこれから_9
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村上春樹を愛読する3人が造った蒸留所は、世界への挑戦の準備を進めている。

〈前編はこちら:『大手ビール会社を50代で早期退職、五島列島でクラフトジン造りへ。「当時、仕事に不満はなかったけど…」』〉

取材・文/中島早苗 
NHK『いいいじゅー!!』(BS 毎週金曜午後0時~0時30分 放送)