「単なる殴る蹴るにネーミングをすることで必殺技となる」

そこで打開策となったのは東郷先生からふと教わった「長槍部隊は左方向からの攻撃に弱い」という一言。これで一気に戦略的合戦を描ける気がしました。

要は敵の長槍を左側から攻撃する見せ場を作るために合戦を構成すればいいわけです。その段どりの中で「空蝉の計」という策を、試し合戦編で描きました。事前に槍組と弓組が武器を入れ替えておき、戦いのさなかに互いの組の武器に交換して本来の装備に。相手の陣形の裏をかく奇襲です。「横槍」という史実上の戦い方をベースに、兵法三十六計の「空城の計」をもじったオリジナルの戦術でした。

「スポーツマンガのいいところは、試合さえ終わればすべて解決!」『SLAM DUNK』の文法で“歴史もの”を描いたら…? 18年間続いた大人気マンガ『センゴク』の誕生秘話_4
柴田隊との「試し合戦」において、竹中半兵衛の策を受け入れた籐吉郎秀吉は「空蟬の計」に打って出る 画像/『センゴク』第2巻 第11話「激突」より
柴田隊との「試し合戦」において、竹中半兵衛の策を受け入れた籐吉郎秀吉は「空蟬の計」に打って出る 画像/『センゴク』第2巻 第11話「激突」より
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単なる殴る蹴るにネーミングをすることで必殺技となる。これはいかにも漫画的な方法ですが、たしかに明智光秀に「殺し間」などの必殺技があることで、それを「いつ出すか」「効果的に運用できる場所はどこか」と戦術的な作劇の組み立てがわかりやすくなっていく。

ギミック的であり、なんとかひねり出した苦肉のブレイクスルーではありましたが、とはいえ、それを考えるのは楽しいもので、『センゴク』初期の打ち合わせはいつも編集の土屋さんと計略のネーミングばかり練っていたのを思い出します。

そうやって合戦を漫画的に演出する一方で、史実に照らした合戦の基本的なルールや作法を説明することにも気を配りました。

合戦の基本戦術は「包囲」「挟撃」「横槍・横矢」。これらを目指しながら、戦略面では「支城群の連携を絶って補給網などを断つ」。さらに本城は、原則として「支城を守るために救援(後詰)をする義務」を負っている。だからこそ、この原則を利用して敵をおびき出す後詰決戦なども行われます。

このような戦の常道や定石を理解しないと戦国時代が読み解けないと教えてくださったのも東郷隆先生です。東郷先生の『歴史図解 戦国合戦マニュアル』は重要な参考書籍として手元においています。

東郷先生のすごいところは、史料で調査可能な合戦作法だけでなく、史料上で不明な部分を、より広範なミリタリー知識で補って考証なされるところ。「殺し間」や「盾弓の連携攻撃」「槍衾は左からの攻撃に弱い」「畳を防御に使う」などなど……どうしても作劇上知りたいことについて助けていただきました。実に様々な方の協力も得ながら、戦国時代ものという企画を青年誌の漫画文法に落とし込んでいくという作業を進めていきました。

ただし、スポーツ漫画の文法はあくまで借り物の作劇法で「なんとか乗り切った」というのが本音です。歴史漫画の作劇について考えを深めていくことになったのは、もう少し後のこと。


文/宮下英樹

歴史知識ゼロの僕がどうやって18年間歴史マンガ『センゴク』を描き続けられたのか?
宮下英樹
歴史知識ゼロの僕がどうやって18年間歴史マンガ『センゴク』を描き続けられたのか?
2024年7月24日
1,540円(税込)
新書判/320ページ
ISBN: 978-4065363751
連載開始時には無名に近かった武将・仙石権兵衛に「史上最も失敗し、挽回した武将」という鮮烈なスポットライトを当て、信長幼少期から秀吉の死、家康の台頭までの戦国時代史を総覧する歴史巨編漫画、宮下英樹の『センゴク』シリーズ。大ヒットとなったこのシリーズで、歴史学における通説を打破する新説を次々と採り入れ、青年誌における「歴史漫画」ジャンルの可能性を大きく切り拓いた宮下の連載開始前夜の歴史知識は、なんと「ゼロ」だった。そんな彼が、なぜ戦国時代というテーマを描き続けることができたのか? 初めて明らかにする歴史漫画作劇の極意を通じて、歴史とともに人生を歩むための秘訣をいま語り尽くす!
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