化学物質過敏症と診断する6つの条件
化学物質過敏症とはいったいどのような疾患なのかを詳しく説明していきましょう。
疾患には、通常「診断基準」というものがあります。例えば、高血圧症であれば、診察室での収縮期血圧(最大血圧)が140㎜Hg(水銀柱ミリメートル)以上、または拡張期血圧(最小血圧)が90㎜Hg以上の場合を高血圧と診断します*1。
このように、数値での基準が明確だと、患者さんも医療従事者も共通理解が得やすいのですが、化学物質過敏症には、具体的な数値の診断基準がありません。
数値であらわされなくても、CT検査やMRI検査といった画像検査で何か特有な異常が見つかればそれも診断の基準になりますが、今のところ日常の診察では用いられていません。
これは、現在の医学の限界を示すものです。化学物質過敏症の患者さんの体の中で何か異常が起きているのは確かなのですが、その異常を客観的に見つけられていないのです。
例えば、うつ病でも、一般の血液検査で異常値は出ませんが、脳の中では明らかに異常が起きていて、「検査で異常なし」が「体も異常なし」とは限らないのです。
では、客観的な診断基準がないからといって、医者が個々に独自の基準で化学物質過敏症を診断してしまっていいのかというと、そうではありません。
それでは医学の進歩につながりません。研究を進めていくにも世界的な「共通認識」が必要で、無理難題でも、できるだけ化学物質過敏症の患者さん像を定めることが重要になってきます。
そこで、1999(平成11)年に、米国国立衛生研究所(NIH:National Institutes of Health)と米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)が主催したアトランタ会議において「1999合意事項(A1999Consensus)」が公表されました。その合意とは、「次の6項目をすべて満たす場合は化学物質過敏症と診断する」というものです。
1 原因物質・環境への曝露(さらされること)で、症状に再現性がある(同じ症状が繰り返し起こる)
2 慢性経過をたどる
3 通常では影響しない微量な原因物質への曝露で症状が誘発される
4 原因物質・環境から回避すれば症状が軽快する
5 化学的に系統立たない多種多様な物質・環境に反応する
6 症状は多臓器にわたる
これらはあくまでも研究者の間での合意事項で、科学的根拠に裏付けされた化学物質過敏症の定義は、国際的にもまだ確立されたわけではありません。
また、化学物質過敏症は化学物質に限らず環境要因によっても症状が誘発されることから、新たに「特発性環境不耐症(IEI:Idiopathic Environmental Intolerance)」という呼称が提唱されています。
この6つの合意事項の中で特徴的なのは、太字で示した3、5、6です。
実際に、健常者ではまったく認識できないようなわずかな匂いに反応したり、一般には良い香りとされるような匂いにもかかわらず、咳やめまいなどが認められたりする患者さんがいます。
ごく微量の原因物質への曝露であるために周囲の人にはなかなか気づいてもらえず、「気のせいだ」などと言われてしまうこともよくあるようです。
タバコ、香水、柔軟剤、排気ガスなど空気中を漂う多種多様な物質全般にも反応することがあります。似た物質、系統立った物質だけに反応するわけではないので、「これだけを避ければよい」とはいきません。
症状も、咳、呼吸困難といった呼吸器症状だけでなく、動悸などの循環器症状、めまい、意識が遠のくなどの神経症状、吐き気、腹痛などの消化器症状など、多くの臓器にわたっています。
それゆえに、病院にかかるにしてもどこの診療科を受診したらいいかが分かりにくく、複数の臓器の症状を訴えると、「それはうちの専門ではないので」と診療科をたらい回しにされることにつながります。