絞首刑に発生しやすい「うまくいかない執行」

さて、日本で絞首刑が続いているのは、1955年に最高裁判所が「絞首刑は合憲」として以来、アップデートがなされていないからです。

諸外国では執行方法をはじめ、死刑に関するさまざまな議論が行われてきましたが、日本では情報がほぼないため、議論すらできない状態が長らく続いています。

世界では薬物注射による死刑執行が主流となりつつあるなか、なぜ日本は今も絞首刑を続けているのか_4

死刑が執行された場合は、執行後すぐに「死刑執行始末書」というものが作られて法務大臣に報告されるのですが、これを開示請求しても、重要な部分のほとんどは黒塗りされています。

そこで私はGHQ/ SCAPが収集し保管していた記録に着目、そこから日本における絞首刑の実態を調べることにしました。

記録の原本はアメリカの国立公文書記録管理局に所蔵されており、それをマイクロフィッシュで複写したものが日本の国立国会図書館憲政資料室に収蔵されているのです。

私が入手したのは戦後すぐの百数件についての死刑執行始末書ですが、基本的に今も同じ方法で死刑が執行されているのですから、資料として大いに参考になります。

そこには執行日や立ち合い者の名前、遺体の取り扱いや存命中の通信についてなどが書かれていました。

中でも重要なポイントが、執行の所要時間が記載されていたこと。床が開き下に落ちて首に縄がかかってから死亡が確認されるまでに平均で14分余り、長い場合は22分かかっているということが分かりました(拙著『GHQ文書が語る日本の死刑執行』現代人文社)。

絞首刑の場合はうまくいかない執行が発生しやすく、時間もかかる。苦しみながら亡くなることも多いと想像されます。

また、実際には被執行者の死亡が確認された後、法律の規定により5分間はそのままの状態で置かれることになっていますから、その間に遺体も汚れてしまいますし、現場で執行に立ち合う刑務官の人たちにとっても負担はかなり大きいはずです。

そんなこともあり、死刑そのものの是非を争う議論や裁判の中でも、「死刑はともあれ、絞首刑は違憲なのではないか」というものが、ここ10年ほどの間にしばしば上がってくるようになりました。

2011年にオーストリアの法医学者、ヴァルテル・ラブル博士が大阪地裁で弁護側証人として出廷、絞首刑は数分間にわたって意識が喪失せず苦しむことや、頭部が離断することがあるなどといった証言をしたこともあります。

ただ、今のところ日本では、絞首刑は日本国憲法36条で定める「残虐な刑罰」には当たらないとして存続していますし、見直す動きはありません。

実際にアメリカで執行を見てきた知人の記者に話を聞くと、薬物注射による死刑の所要時間は2~3分で、被執行者が苦しむ様子もなく終わったそうです。

それなのになぜ、日本は絞首刑を続けるのか。あくまで私の推測ではありますが、「絞首刑をやめて薬物注射にするとすれば、判断材料として死刑の実態を明らかにしなくてはならなくなる。

そうすると、死刑そのものの是非を問う議論が起きてしまうのではないか」と法務省は懸念しているのかもしれません。