開拓した顧客に損をさせ、また一から顧客開拓をやり直し
サウジでは他にもこんなことがありましたねえ。常務とエレベーターホールで待ち合わせをしていると背の高い男が来て「お前、邪魔だからどけ!」と言われたのです。なんでも、もうすぐ王族の女性がここを通るとかで。
私は「自分はこのホテルのゲストだ。今ここで待ち合わせしているところだ。お前にああだこうだ言われる筋合いはない」と言ったら首をまれて投げ飛ばされました。こんな経験は後にも先にも初めてでしたねえ。
苦い思い出はほかにもあります。サウジアラビア出張は2月などの冬に行くのですが、現地はとにかく暑い。ホテルはギンギンに冷やされていて、外との気温格差が強烈。ホテルに出たり入ったりするだけで自律神経がやられて具合が悪くなります。また、中近東訪問の際には支店のあるバーレーンに最初に行くのですが、バーレーンの空港のチャイムは陰気すぎます。まずここで暗い気分になります。
「何で本題とは関係ないこんな話を書くの?」と思われるかもしれませんね。それは皆さんに「中近東は自分の金でいくところじゃない」と強く訴えたいからですよ。それは冗談として、中近東で私はこう思いました。
バーレーン支店の「軍曹」はとても優秀な方でした。留学もされて英語も堪能。軍曹の顧客が運用で決まって損をするのは、回転売買で手数料をボッタくるからというだけでなく、「腐れ玉」(行き場をなくしてしこっている株)をはめ込んで本社の株式部にいいところを見せたいという理由もあったと思います。バーレーンで日本株の営業をやっていても、そのうち忘れられて出世とは縁遠くなっていきますから。
「本部に存在感を示さないと」という理由で頑張るなんてあまりにも惨めなサラリーマン生活ですよ。せっかく開拓した顧客に損をさせ、また一から顧客開拓をやり直し、そんなことを何年続けても結局本社からは評価されず、お客からの評価も悪くなって人的財産も残らないなんて悲しすぎませんか?
軍曹はもっと若い時に野村證券を辞めるべきでした。軍曹は私より10歳ほど年上だったので、その世代ではまだ外資系への転職は当たり前ではなかったのかもしれません。この経験を経て、私の「この会社を絶対に辞める。そのために準備しなきゃ」という決意はさらに強くなりました。
結局、海外投資顧問室では2年ちょっと働きましたが、強烈な仕事量でした。いろんな業界の通訳をやったので各業界についてものすごくたくさんの知識を得ることができました。
その後は、スタンフォードビジネススクールに留学することになります。留学前日、徹夜で部下の書いたファナックの英語のレポートを全部書き直し、朝早くに寮に戻って荷物をまとめ、そのまま留学先のカリフォルニアのスタンフォードに向かいました。あのまま海外投資顧問室で仕事を続けていたら2年後には入院していたかもしれません。
清原氏写真/書籍『我が投資術』より
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