計画の穴──「下書き」が見事だとだまされる

悪い計画は、実験も経験も活用しない。シドニー・オペラハウスの計画は「とても悪い計画」だった。

オーストラリアの美術評論家ロバート・ヒューズは、ヨーン・ウッツォンが設計コンペに提出した案を、「見事な落書きでしかない」と片づけた。これは少々大げさな評だが、大げさすぎるというほどではない。

ウッツォンの設計案はあまりにも大まかで、コンペの設計要件さえ満たしていなかった。だがそのシンプルなスケッチは、まぎれもなく見事だった。いや、見事すぎたのかもしれない。審査委員がスケッチに惚れ込んで反対を退け、そのせいで多くの疑問が残ったままになってしまった。

写真はイメージです
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主な問題は、ウッツォンの構想の中核をなす、「シェル」と呼ばれる曲面状の薄い外壁にあった。2次元の紙面上では美しく見えたが、それらを立たせるにはどんな3次元構造が必要なのか? どんな資材で、どうやってつくるのか? どの疑問にも答えは出ていなかった。ウッツォンは建築技術者にさえ相談していなかった。

この時点でコンペの主催者は、ウッツォンの勝利を称えた上で、必要なだけの時間をかけてアイデアを試し、他人の経験を参考にして、本格的な計画を立てるよう、彼に要請すべきだった。そうした計画があれば、建設に必要なコストと時間を正しく見積もり、予算の承認を得たうえで、建設を開始することができただろう。これが、「ゆっくり考え、すばやく動く」のアプローチだ。

だが実際に行われたのはその正反対だった。シドニー・オペラハウスは「すばやく考え、ゆっくり動く」の典型例だ。

オペラハウスのプロジェクトを主導したのは、ニュー・サウス・ウェールズ州首相のジョー・ケイヒルである。ケイヒルは州首相を長年務め、いまやがんを患っていた。

彼も政治家の例に漏れず、自分は後世に何を残せるだろうと考えるようになった。そしてやはり政治家の例に漏れず、自分が推進した公共政策だけでなく、目に見える立派な建物のかたちで名を残したいと考えた。

だがこの夢は、オーストラリア労働党の同僚たちには理解されなかった。当時ニュー・サウス・ウェールズ州では深刻な住宅・学校不足が続いていたため、贅沢なオペラハウスに公的資金を投入するのは馬鹿げていると一蹴された。

古典的な政治的ジレンマに直面したケイヒルは、古典的な政治戦略に出た。コストを少なく見積もったのだ。彼にとって都合のよいことに、コンペの審査委員会に提出された見積もりは、計画の穴を楽観的な前提で埋め、ウッツォンの設計を有力候補の中で最も安価と結論づけていた。