台湾と対比される日本の震災対応

台湾がコロナに勝った理由を泉氏は2020年に次のように総括している。

「台湾は徹底した民主主義社会における徹底した感染症対策が可能であることを、示してくれたと思っています。流血革命を経ずに、素手で戦って現在の民主体制を勝ち取ってきた台湾の人たちは、自らの権利をとても重視していると思います」

民主主義の根幹に情報の透明性があることは論をまたない。これと強烈に対比されるのが日本の震災被害だ。

「東日本大震災のとき、私は中国の上海にいて総領事の任にありました。そのときに中国の関係者たちから『日本の原発は地震にあっても大丈夫なのか?安全なのか?』と散々聞かれたのです。『大丈夫です。日本は透明性が高い。日本政府が大丈夫だと言っているんだから大丈夫だ』と、答え続けていましたが、見事に裏切られましたね」

発生から今年で13年が経った東日本大震災
発生から今年で13年が経った東日本大震災

当時、津波によって電源喪失に陥った福島第一原発は核燃料棒が溶け落ち、水素爆発が起こった。地震発生直後から、メルトダウン(炉心溶融)という深刻な事態が進んでいたにもかかわらず、報告書ではそのことは一切触れられていなかった。

また原子力事故が起こった際には、それをもとに避難経路を決めるとされていたSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)のデータも公開されなかった。SPEEDIは放射性物質が大気中をどのように広がるか、地理データと気象データを使って予想するシステムであり、政府が肝いりで設置したものであったが、これが公開されていれば住民は無用の被ばくを避けられたのではないかと言われている。

そもそも経産省原子力安全・保安院は原子力災害対策本部が議論を重ねて方針を決めた当時の議事録を「残していない」と答弁している。何を隠ぺいしたかったのか。不透明極まるものであった。

思えば福島第一原発においては、この地震の以前から度重なる隠ぺいが行われてきた。1984年に緊急停止していたことが隠され、1998年には制御棒トラブルが起きていた。