ヤンキー以外も普通に持っていた「標準服=ダサイ」のイメージ

松戸駅前のベンチに座っていた営業職の52歳の男性は店頭で変形学生服を購入していたという。

「京急蒲田駅の商店街にあった『ヤング』って専門ショップで買ってました。あとは川崎駅前や横須賀のドブ板通り、上大岡とかにもあったね。そういうお店が全国各地にあったんですよ。

そんな時代だからボンタン狩りも多くて、僕も気に入ってたボンタンを狩られたことがありますよ」

80年代当時、千葉県内の高校生だった55歳の男性によると、狩ったボンタンで商売をする輩もいたそうだ。

「気に入らない後輩から狩ったボンタンを、かわいがってる後輩に1本5000~1万円くらいで売ってましたね。自分も狩られた経験があって、そのときはバイトをがんばってお金を貯めて買い直しました(苦笑)」

「ふてほど」に登場した昭和ワード“ボンタン狩り”ってなに?「バナナ」「ボンスリ」「洋ラン」…令和よりも多様性があったなつかしの80年代変形学生服を一挙解説_2


意外にもボンタンはヤンキーだけのものではなかった。50代の別の男性が語る。

「私みたいなパンピー(一般ピープル)でも、“標準服はダサい”というイメージがあったから、ボンタンをファッション感覚で穿いてました。仲のいい先輩や親戚が、卒業するとお下がりでくれるんですよ。

ただ、ガッツリ変形したのは着る度胸もないから、ちょっとだけ太いのとかですけどね。そういうハンパな制服は狩られないし、不良とも会話できるから私にはちょうどよかったんです」

女子学生も同様だった。松戸駅前でスマホをいじっていた54歳の女性も「標準のセーラー服はダサかったから、オシャレ感覚で長いスカートを穿いていた」と話す。

「指定より少し長めの膝下20㎝くらいだと先生からも注意されませんでしたよ。もちろん、スケバンの子たちは競うように長いスカートを穿いてましたけどね。

学年一の不良の子はスカートの裾を地面に引きずって歩いてました(笑)」

別の50代女性もまた当時をなつかしむ。

「学校に行くときはスカートのウェストを折り返して、ギリギリ先生の検査にひっかからない丈にして、登下校や遊びに行くときはロング丈に戻したり。

うちの学校では長すぎると先生にハサミでスカートの裾を切られたんで。それもどうせ切るならまっすぐきれいに切ってくれればいいのに、適当にガタガタに切るから、後始末が大変で。

あと、制服の見えないところを凝るのも流行ってましたね。男子なら学ランの裏地。うちの彼氏は登り龍の刺繍をいれてました。

それが最高にカッコいいと思ってたから、当時の自分、どんだけ趣味が悪いのか……(笑)」