子どもたちの故郷をなくしたくない
もともと当時としても高価格帯だった鳩山ニュータウンの家々は躯体が丈夫で、中古物件としての質は高い。都心部への通勤は長時間かかるが、フルリモート勤務や自家用車で近隣に通勤するなら落ち着いた周辺環境は魅力的だ。不動産価格は分譲開始時の6分の1まで下がっており、欲しい人にとっては〝お買い得〟。実際、鳩山町の空き家バンクで物件を探している登録者は60件を超えている。
だが、ここで育った子どもたちにとっては故郷だからこそ魅力を見出せない。よく知る土地ゆえに不便な場所というイメージが拭えず、住みたがる人がいるとは思えなくて「売れないだろう」と最初から諦めてしまう。
しかも山田さんが悩んでいたように解体や片付けで安くないお金がかかるとなれば、解決のために動く外的動機がない。だから空き家は市場に出回らず、新たな住人が移り住んでくるチャンスも生まれない。鳩山ニュータウンが抱える空き家問題の最大のネックはこの点にあるといっていい。荒木さんたちもそれは重々理解しており、空き家所有者に連絡する機会があると「最近はニーズがあるんだよ」と伝えるが、それ以上のことはできずにいる。
子どもたちの故郷をなくしたくないという思いとともに、現実的な不安もある。このまま人口が減り続ければ、日常の買い物ができる場所がなくなったりバスが減便されたりといった不便が生じる。最寄り駅までのアクセスが悪い鳩山では、自家用車が運転できるほど元気なうちはよくても、それ以降は公共交通機関が頼りだ。鳩山町が運行するコミュニティバスはすでに2022年春で廃止になり、今はその代替としてデマンドタクシーが運行されている。
鳩山町が都市計画策定に向けて行った町民への意識調査では、ニュータウンは他の地域に比べて医療機関や福祉サービスの不足に不安を感じる住民が突出して多かった。鳩山に限らず、若い世帯の居住を前提に造られたニュータウンはバリアフリー設備がなく、高齢者が居住するには不向きだ。
山を切り拓いた街は全体に坂が多く、場所によっては道も細い。鳩山ニュータウンを車で移動してみても、何かあったときに緊急車両が通るにはやや心もとないように感じた。