1970年の新聞広告「新宿から100分」を再現
ご覧いただいたことのある方がいるかもしれないが、僕は自身で運営している動画チャンネルで、JR総武本線の成東駅(千葉県山武市)から5㎞ほど離れた分譲地から新宿駅まで、公共交通機関のみによる通勤が現実的に可能かどうか、実際に通勤時間帯の電車に乗車して実証するという体裁の撮影を行ったことがある。
きっかけは、その分譲地の開発当初の新聞広告で謳われていた「猛烈ビジネスマンの本格的ベッドタウン新宿から100分―オフィスと直結する」という文言を見かけたことである。
「100分」という、今日の感覚ではどう聞いても遠すぎる所要時間を、あたかも唯一無二のアピールポイントであるかの如く記載している点が、当時と現在の住宅事情を対比するうえで最もわかりやすいのではないかと考え、これをネタに一本動画を作れるのではと思い付いてのことだ。
1970年2月2日付朝日新聞に掲載されていた「東昭観光開発」の紙面広告。那須や伊豆の別荘地のほか、「第1・2九十九里浜」と称した、千葉県成東町(現・山武市)の分譲地の記載がある。
検証と言っても、50年前と今日では列車のスピードもダイヤも大きく異なり(1970年当時の成東〜銚子間は未電化区間でもある)、当時の総武本線の終着駅は東京駅ですらない。そのため、今日の総武本線に実際に乗車してみたからといって、条件が違いすぎてなんの検証にもならない。単に成東の限界分譲地から都内までの距離感を、分かりやすい形で、動画内で示したかっただけである。
広告記載の100分という所要時間も、自宅から勤務先・学校などまでの所要時間であれば、少なくとも関東では、現在でもその程度の時間を掛けて通勤・通学している人など特に珍しくもないと思う。
だが、今日成東周辺で分譲される住宅地の広告に、新宿や東京までの所要時間が記載されることはない。現在の成東で販売されている住宅分譲地は、あくまで成東近辺を生活圏とする住民を想定したものであり、50年前と比較して集合住宅の供給も格段に進んだ今、交通不便な九十九里平野の分譲地が、都心通勤者の「ベッドタウン」として販売されることはもうなくなった。
結果的にこの動画は、現在でも僕のチャンネルの中で最多の再生回数になっているのだが、主題はあくまで分譲地の紹介とその開発の背景にある歴史的事情の解説で、率直に言って後半部分の「検証」などお遊び程度のネタのつもりだった。
自分では他にもっと緻密に資料を揃えて丁寧に作ったつもりの動画があるのに、なぜこんな横着なものの再生回数が伸びたのか不思議で仕方ないのだが、まあ、再生回数を稼げる動画の作り方などというものが事前にわかれば誰も苦労しない。たまたま何かのきっかけで興味を惹かれる方が多かったということなのだろう。