三題噺の作り方

神尾 せっかくの機会なので、もう一つお尋ねしてよろしいですか。
喬太郎 何でも聞いてください。
神尾 師匠の創作落語に『棄(す)て犬』ってありますよね。これをどなたかが「これ以上後味の悪い話はない」っておっしゃっていて。
喬太郎 『棄て犬』はそうかもしれないですね。
神尾 『拾い犬』のほうは本当にいい人情噺で。うるっときてしまったんですけれど。
喬太郎 『拾い犬』はちょっと時代小説みたいな噺ですよね。
神尾 だから、後味が悪いって言われるような『棄て犬』は、どういうふうにお作りになったのかなって。
喬太郎 『棄て犬』は真打になる前にこさえたんですけど、精神的に荒れているというか、落ち込んでいた時期のものなんです。作ったきっかけは三題噺で、何だっけな、棄て犬と、あと二つなんかあって、男が女に棄てられるなんとも救われない噺を作ったんです。もうちょっと救いのあるサゲ(オチ)も考えたんですが、「ぬるいぬるい。何言ってんだ、おめえ」と思ってやめたんですよ。よっぽどの精神状態だったんでしょうね(笑)。
神尾 三題噺は寄席でおこなうものなんですか。
喬太郎 昔は寄席で、前日に三つお題をもらって作ったらしいです。古典落語の『芝浜』も三題噺からですね。『芝浜』は、酔っぱらい、芝の浜、革の財布かな。今はイベント的にやるので、当日お題をもらって二時間か、長くても三時間ぐらいで作るっていうのが多いですね。
神尾 そんな短時間で? すごいですね。
喬太郎 いや、もう追い詰められるとね、何か出てくるもんですよ。新作でも、明日やんなきゃなんねえと思っても噺ができてないとか。最悪、会場に向かいながら考えたりもしますから。
 噺家には二種類いて、詳しく台本を作る人と作らない人。僕は作らないというか作れない人なので、作りながらしゃべるみたいな感じですね。切羽詰まると何とかひねり出せるもんなんですよ。だから、その時の精神状態が影響するのも無理ない話で。
神尾 サゲを決めておくとかでもないんですか。
喬太郎 その時によりますね。三題噺だと、一席の落語を作らなければならないので、例えばですね……なんかまた僕のことばかりしゃべってないですか? 「小説すばる」の読者さんは、小説に関係のないじじいの話なんかより、神尾さんの創作の秘密を聞きたいんじゃないですか?
神尾 いえいえ、落語に出会わなければ、私は時代小説を書こうと思いませんでしたし、落語から大切なものをたくさんもらいましたから。『我拶もん』の最後の一行も、落語のサゲのつもりで書いたんです。
喬太郎 そうでしたか。じゃあ、話しますけど、新作落語って、最初にサゲを決めちゃって、謎かけみたいにして作るってやり方もあるんですけど、それだけじゃつまんないんですよね。全く逆にストーリーから作るやり方が僕は多いですね。三題噺で言うと、『ハワイの雪』がそうです。
神尾 はい。存じています。
喬太郎 あれは、お題がハワイアンと雪と八百長なんですよ。それを素直に繋げてうまくいった例です。ハワイは常夏の島。実はハワイでも雪は降るんだけど、そこはイメージでいいので、雪というハワイでは降りそうにないものをくっつければいい。そこに八百長を絡めるってそんなに難しくないので、けっこう簡単にできたんですけどね。
神尾 そのくっつけ方がすごいんです!

「小説と落語が交わるところ」神尾水無子×柳家喬太郎『我拶もん』_4
やなぎや・きょうたろう ◆ 63年東京都生まれ。落語家。書店勤務を経て、89年柳家さん喬に入門し「さん坊」を名乗る。93年二ツ目に昇進し「喬太郎」と改名。00年真打昇進。98年度NHK新人演芸大賞、04年・05年・06年度国立演芸場花形演芸会大賞、05年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

ランク付けがあった陸尺の世界

――喬太郎師匠の落語の作り方を伺いましたが、神尾さんはどういう順番で今回の物語を組み立てていったんですか。

神尾 とある時代小説で陸尺という言葉を知りまして、調べてみると背丈でランキングされるってことがわかったのがきっかけです。江戸時代の人ってランキング好きですよね。
喬太郎 相撲の番付のようなものですね。
神尾 ランク付けがあるって知って、がぜん興味がわきました。トップにいる人は嫌なやつに決まってる。有頂天になって、下がなにくそって反発する。そこに江戸抱(えどかかえ)と国抱(くにかかえ)の陸尺が仲が悪かったっていうのも知って、きっと見栄の張り合いなんかもあったんじゃないかと思いました。それだけ面白そうな材料が揃ったので、これは書けるんじゃないかと。
喬太郎 駕籠舁は体が資本の仕事ですから、荒っぽいところもあったでしょうしね。
神尾 そうなんですよね。実際、本気で殿様に喧嘩を売るようなところもあって、陸尺が大名を乗せた駕籠を橋のたもとに置き去りにしたという逸話も結構あるんです。それに市村座(いちむらざ)の騒動を史料で知って、戌(いぬ)の満水という天災があって、トップにいる主人公の桐生(きりゅう)がどーんと地に落ちた時にどうなるのかなと。そうして物語が組み上がっていったんです。
喬太郎 おかみさん連中が大名行列の中にいる陸尺を見て、「ご覧よ、あれが噂の“風の桐生”だよ」なんて言うのを読むと、ああ、そういうことあったんだろうなと思いますよね。当時のことですから、テレビなんかの娯楽があるわけじゃないし。
神尾 そうですね。町人からしたら大名行列は邪魔だったと思うんですけど、陸尺みたいなのがいたら、見世物としては面白かったんじゃないかと思うんです。「あのこしらえは貧乏だね」とか、「あそこは金かけてんね」とか。
喬太郎 そういうこともあったでしょうね。