#1 #3 

よく分からないけど
デカくてありがたい!

東大寺の大仏は仏像界の大ボスです。大きさもさることながら、聖武天皇が「この国の全ての人のために祈りたいのじゃ!」とオーダーした国家レベルの大事業仏像というバックグラウンドも重要です。

聖武天皇は日本中に国分寺・国分尼寺という全国を統治するための官立寺院を建立しました。東大寺はそれらの「親玉」。「全部ひっくるめて祈ってやるぜ!」という気概が、あの巨大な体に込められています。

東大寺大仏造立当時の740年代は疫病が広がり、中央では権力闘争、九州では反乱が起き、社会不安が高まった時でした。聖武天皇は待望の男子の後継となる息子にも早くに先立たれ、「ワシの国、かなりヤバくない!?」と、危機感はハンパなかったと思います。

仏像界の大ボス・東大寺の大仏はなぜデカいのか? 繰り返された再建、腰回りは鎌倉時代、顔とボディは江戸時代のもの_1
すべての画像を見る

そんな時に河内(大阪)の智識寺というお寺で〝毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)〟という仏様に出会います。この仏様は、全宇宙を統括する超巨大な存在です。

その教えによって仏教への理解をさらに深めた聖武天皇は、743年「この乱世を癒し、国民の幸せと国家の安泰を願うには毘盧遮那仏をみんなで協力して造立する他ない!」と大仏造立を始めたのです。

全国を行脚する僧侶行基が全国民から資金を集め、752年、東大寺大仏はなんとか完成しました。大仏造立の事業には全国民の半数以上が関わったといいます。これ以降、戦で燃やされたり、地震で壊れたりを繰り返しながらも、時の統治者と国民の勧進(仏様のためにお金を出すこと)で何度も立ち直ってきました。