大統領も後押し…モンゴルでの面会に合意

北朝鮮側は当初、「横田滋さん、早紀江さん夫妻が訪朝してウンギョンさんと面会してはどうか」と持ちかけてきた。だが、日本側が「それはできない。第三国でなければ無理だ」と反論すると、第三国での面会にあっさりと同意した。

そこで、日本側は面会場所に永世中立国のスイスを提案した。スイスは北朝鮮との国交があり、北朝鮮の大使館や国連代表部も置かれている。北朝鮮にとっても受け入れやすい提案と考えた。だが、北朝鮮側は「スイスは面会場所としては遠すぎる」と難色を示し、「中国はどうか」と提案してきた。

中国はかつて、帰国した拉致被害者と北朝鮮に残る家族との面会場所として候補に挙がったことがあった。

日朝は2004年に、2年前に帰国した拉致被害者5人の家族8人の帰国について合意した。だが、曽我ひとみさんの夫で元米兵のジェンキンスさんは当時、米政府から脱走罪で訴追される恐れがあり、日本への渡航を拒んでいた。日朝間で第三国での面会が検討され、候補地として中国国内が検討された。ただ、日本政府は「北朝鮮の影響が強すぎる」などと懸念し、北朝鮮側と代替案を模索した。

①米国と犯罪人引き渡し条約を結んでいない、②北朝鮮と外交関係がある、③家族が長期滞在できる――ことが条件だった。それを満たす国としてインドネシアが選ばれた。曽我さんは北朝鮮に残っていたジェンキンスさん、2人の娘とインドネシアで再会を果たし、その後、ジェンキンスさんも日本での定住を決めた。

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横田滋さん、早紀江さんの写真を手に笑顔を見せるキム・ウンギョン(ヘギョン)さん=2002年、平壌市内(©︎朝日新聞社)
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このような過去の経緯からもわかるように、横田さん夫妻とウンギョンさんの面会場所に中国を推す北朝鮮の提案を受け入れた場合、日本国内の反発が予想された。このため、日本政府は、北朝鮮と国交があり、民主党政権時代に日朝協議も行われたモンゴルでの面会が適当と考えた。

前述したとおり、2013年9月にモンゴルのエルベグドルジ大統領が来日すると、安倍氏は東京都内の私邸に招き入れ、その場で協力を要請した。「喜んで協力する」とエルベグドルジ氏は快諾した。翌月に訪朝した際には、北朝鮮側に日本の意向を受け入れるように後押しまでしてくれた。

この後、翌年にかけて日朝の交渉担当者が中国やベトナムなどで秘密協議を断続的に重ねた結果、最終的には北朝鮮がモンゴルでの面会に同意した。

文/鈴木拓也
構成/集英社オンライン編集部ニュース班
写真/朝日新聞社

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鈴木拓也
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2024年2月20日発売
1,870円(税込)
240ページ
ISBN:978-4022519665
北朝鮮との水面下の接触は続いていた!
日本人被害者5人の帰国から21年。交渉は停滞したままと思われていた2023年、政府高官が東南アジアのある都市に極秘渡航し、朝鮮労働党関係者と接触していた。
数年前に外務省と北朝鮮の秘密警察「国家安全保衛部」とのパイプが途絶えた後、内閣官房の関係者が第三国で北朝鮮側と断続的に接触し、政府間協議の本格的な再開への意思を探り合ってきたのだ。岸田首相の「ハイレベル協議」発言と北朝鮮の外務次官談話は、5月の日朝接触とタイミングが重なる。
「拉致問題は解決済み」との態度を変えない一方、米韓と対立する北朝鮮は日本との対話を探っている。2024年1月1日に起きた能登半島地震被害を受け、北朝鮮の金正恩書記長が岸田首相に見舞いの電報を送った。これは一体何を意味するのか?
蓮池薫氏、田中均氏らキーパーソンたちが語る交渉の舞台裏と拉致問題の行方を追ったノンフィクション。
解説=斎木昭隆・元外務省事務次官(2002年と2004年、政府調査団として訪朝)
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