南北朝鮮間に「国境」はない
朝鮮半島に韓国・北朝鮮というふたつの国家が並立していることは、周知のことである。だが、日本や韓国・北朝鮮、その他の国々で市販される世界地図(や朝鮮半島図)では、周知の 「あるべきもの」が図示されていない。それはいったい何であろうか?
正解は「国境(線)」である。とりわけ、韓国・北朝鮮で市販されている朝鮮半島の地図では、どこまでが韓国・北朝鮮の領域なのか示されていないばかりか、相手方の存在すら明示されていないことが多い。このような周知の事実と地図表記の間に存在する虚と実は、朝鮮半島が抱える苦悩をよく表している。
それでは、なぜ地図上には国境線が引かれていないのだろうか。
その理由は、そもそも国境(線)が存在せず、それを引くことができないからである。ご存じの方も多いだろうが、韓国・北朝鮮の境界を隔てるのは国境線ではなく、「軍事境界線」という呼び名の分割線である。
この軍事境界線は、2018年に南北朝鮮の首脳と米朝首脳が、軍事境界線上に位置する板門店で会談した際、一躍脚光を浴びた。金正恩と文在寅は対面の際に、軍事境界線を挟んで握手し、相互にそれをまたいでそれぞれの領域に足を踏み入れるというパフォーマンスを演じた。金正恩とトランプが対面した際も、同様のパフォーマンスが見られた。
それらがテレビで放映された際に画面に大映しにされた幅50センチメートルほどのコンクリート製のラインが軍事境界線である。
軍事境界線の設定は、1950年6月に勃発した朝鮮戦争を停戦へと導くため、国連軍司令官(米国)と朝鮮人民軍最高司令官(北朝鮮)、中国人民志願軍司令(中国)間で合意に達した、いわゆる「朝鮮停戦協定」(1953年7月)の規定を根拠にしている。
すなわち、「軍事境界線(MDL)を確立し、非武装地帯(DMZ)を設定するため、双方の軍隊は、この線から2キロメートル後退して、その非武装地帯は、敵対行為を防止するための緩衝地帯にする」(第一条一項)という旨の規定である。
したがって、より正確には戦争の再発防止のため、155マイル(約248キロメートル)に及ぶ軍事境界線を中心に、南北にそれぞれ2キロメートルの「非武装地帯」という緩衝領域が設定されていることから、韓国・北朝鮮は全体として約1000平方キロメートルの領域を挟んで隔てられているのである。
そのように、70年以上前の戦争とその後始末の結果として生じたからといって、この状況は一過性の遺物ではない。今も朝鮮半島の地図に国境(線)がないことから分かるように、南北朝鮮間の敵対関係が終結しないために設定され続ける現実のひとつである。
言い換えれば、排他的な「朝鮮半島の統一」という至上命令から逃れられない未完の国家(韓国・北朝鮮)が分断される形で朝鮮半島に誕生し、その後同族相食む戦争(朝鮮戦争)過程で、この地域に利害関係を有する諸外国が参戦・介入して凄絶な国際戦争(米中戦争)へと発展した。ところが、戦争目的も何ら達成されることなく、停戦という形でしか処理できずに、結局戦争はいまだに終わっていないということである。