「自分に合う薬があるか」を探す検査
現在、がん治療で行われる遺伝子検査はがん遺伝子検査とがん遺伝子パネル検査に大別されます。前者のがん遺伝子検査は、第1、2章で紹介したコンパニオン診断のことです。EGFR遺伝子やBRAF遺伝子などを対象に、一つから数個のがんに関連する遺伝子の変異を調べる検査です。分子標的薬とセットで使われることから〝コンパニオン(伴侶)〞と呼ばれるように、この検査の目的は分子標的薬の使用の可否判断にあります(図8-2)。
しかし、がんによっては複数の遺伝子の変異が関わることもあります。たとえば、肺がんの原因としては、ALK融合遺伝子、EGFR遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子など、複数の遺伝子の変異が知られています。
そして、すでに各々に対応した分子標的薬が登場しています。肺がんの治療方針を決めるうえでは、複数の遺伝子検査を行うことが推奨されますが、一つひとつ調べていくのには時間を要します。今後さらに研究が進むと、さらに多くの遺伝子変異を調べる必要性も出てくるかもしれません。
2019年に臨床に登場した「がん遺伝子パネル検査」は一度の検査でがんに関する数十から数百もの遺伝子を同時に調べることができます(図8-2)。
非小細胞肺がんの患者を対象に、EGFR遺伝子変異、ALK遺伝子融合、ROS1遺伝子融合、BRAF遺伝子変異の有無を調べ、それぞれに対応する分子標的薬の可否を判断するマルチプレックスコンパニオン診断薬(製品名「オンコマイン Dx Target Test マルチ CDxシステム」)がありますが、これは、コンパニオン診断の効率化に重きを置いています。
一方、同じがん遺伝子パネル検査システムでも、特定の薬剤の使用適否判断ではなく広く適切な治療選択のために用いる場合をがんゲノムプロファイリング検査と呼びます。実際には、コンパニオン診断とプロファイリングの両機能を兼ね備えたパネル製品もありますが、本章では「がん遺伝子パネル検査」というときには「がんゲノムプロファイリング検査」を指すものとして用いていきます。
では、どのような場合が「プロファイリング」になるのでしょうか。まず、コンパニオン診断では、調べる遺伝子に対応した既存薬があることが前提となります。
該当する変異が見つかれば、その薬の使用を検討できます。しかし、プロファイル(=情報の集約)を目的としたがん遺伝子パネル検査の場合、何らかの遺伝子の変異が見つかったとしても、それに対応した治療薬が確立しているとは限りません。
もし、開発段階の治験薬に、検査で見つかった遺伝子変異に対して効果が期待できるものがあれば、臨床試験等でその薬の使用を検討することが可能となります。つまり、コンパニオン診断は「特定の薬が自分に合うかどうか」を見極めるためのもので、がん遺伝子パネル検査は「自分に合う薬があるかどうかを探す」ため、という区別です。
これまでの国内外のがん遺伝子パネル検査の研究データから、全体で治療と関連する遺伝子の変化が見つかる可能性は5割程度と言われていますが、実際にその結果に基づいた治療が実施された患者は全体の1〜2割です。がん遺伝子パネル検査を受けても、必ずしも治療法が見つかるわけではない点に注意が必要です。