減り続ける「仕事のやりがい」

日本の会社員は欧米の会社員に比べて会社や部署への忠誠心が高く、仕事熱心だとかつてよく言われました。1960年代の高度成長期から1980年代のバブル期を経て、1990年代半ばまでの時期です。

1979年に当時の欧州共同体(EC、今の欧州連合=EUの前身)が、内部資料「対日経済戦略報告書」の中で日本人をワーカホリック(仕事中毒者)と呼び、「会社が自分を必要としていると思えば休暇をとることをあきらめる」などと描写したのは、当時の欧米人が日本の会社員をどう見ていたのかをよく示しています。ワーカホリックとはまったくありがたくない言葉ですが、日本の会社員の仕事への熱中ぶりはそれだけ先進国の中でも目立ていたのです。

私自身、1984年に社会人になり、経済・経営誌の『日経ビジネス』編集部に配属されたとき、先輩記者たちが抱いていた仕事へのやりがいや希望、プロ意識に接し、決して大げさではなく感動さえ覚えて「少しでも追いつかなければ」と歯を食いしばって取材、執筆に没頭したのを今でもよく覚えています。

また取材に応じてくれた会社員たちも、経営幹部だけではなく若手社員を含めて多くが仕事にやりがいを感じ、目標を持ち、生き生きと働いていたように思います。

そのことを示すデータもあります。内閣府は1972年度から2011年度までの40年にわたり、仕事や生活ぶりに対する国民の意識を調査した「国民生活選好度調査」を毎年発表していました。1982年度以降は、仕事や生活に関する60の項目についての満足感などを3年ごとに継続調査し、時系列の変化を把握していました。

その項目の中に「仕事のやりがい」がありました。最後の調査となった2008年、仕事にやりがいを感じていた人の割合は18.5%でした。これが1980年代前半までさかのぼると、仕事にやりがいを感じていた人の割合は30%強にまで高まります。

「国民生活選好度調査」は全国の15歳から74歳までの男女が対象なので、本書が想定している会社員――大企業などで働くホワイトカラーだけではありません。また残念なことに内閣府は2011年度を最後に「国民生活選好度調査」を廃止してしまったので、現在の割合を把握できません。

しかし日本人の「仕事のやりがい」が長期低落している傾向は間違いなくここからもうかがえます。

「日本企業で熱意あふれる社員は6%のみ」の衝撃…給料も仕事のやりがいも長期低落なのに、社員を「お金のかかるコスト」扱いする日本企業の問題点_2

社員を「お金のかかるコスト」扱いする日本企業

ではなぜ日本の会社員は仕事のやりがい、やる気を失ってしまったのでしょうか?

本書はそれをさまざまな観点から解き明かすことに主眼を置いています。

具体例や詳細は各章でかみ砕いて解説しますが、理由は明白です。

家電やパソコン、事務機器メーカーなどの輸出企業の国際競争力低下や、バブル崩壊による消費低迷などの寒風が吹き始めた1990年代半ば以降、少なからぬ日本の大企業はコストダウンを最優先する「縮み経営」へと舵を切りました。この過程で、社員を会社の業績向上に貢献してくれる資産あるいは可能性ではなく、お金のかかるコストだとみなすようになってしまったのです。

コストなら削減しなければなりません。当時の経営者たちは新たな人事制度を導入して中堅以上の社員の人件費を圧縮し、若手を中心に正社員から非正規雇用への転換を進め、教育・研修費を削りました。

さらに事業に振り向ける予算や研究・開発費も減らしました。これに伴って現場の裁量権が縮小されました。新たな事業や製品を生み出す起業家タイプのイノベーターは活躍の場が減り、節約や管理に長けた小役人タイプのコストカッターが重用されるようにもなっていきました。

それらの大企業は下請けなど取引先の中小企業に対しても、納入価格の値下げを要求しました。発注元の大企業にそう言われたら従わざるを得ません。日本企業の99.7%、働く人の約7割を占める中小企業でも、厳しい経営を強いられ、人件費を圧縮せざるを得なくなる企業が増えていきました。

もちろん経営者、管理職にとって無駄の排除は大切な仕事です。とりわけバブル崩壊後の厳しい経営環境ではコストダウンが重要な経営課題だったのは無理もないことでした。

しかしそれはあくまで一時的な緊急避難措置であるべきでした。バブル崩壊後の最悪期を脱した段階で、人材や設備、研究・開発への思い切った投資を復活させ、中小企業への値下げ要求を撤回して共存共栄を図るべきでした。

残念ながら少なからぬ大企業はそうしませんでした。バブル崩壊後の最悪期を脱しても、まるで慣性の法則に従うかのように危機対応の「縮み経営」を続けました。

この結果、年を追うごとに会社員の報われない思いが募っていきました。先に紹介した「国民生活選好度調査」は「収入の増加への満足度」も調べています。1980年代初めには20%を超えていた「満足している人」の割合は、2008年には6.1%にまで減ってしまいました。