アイディアを発想する人
AI時代に求められる人材について考えていきましょう。
1つは当然ですが、アイディアを発想できる人です。アイディアを形にすること自体は、生成AIの利用を通じて簡単になっていきます。当然ながら、AIよりも優れた表現力のある人は、生き残れるでしょう。そういう表現力がないのでなければ、これからのクリエイターはアイディア力で勝負するしかありません。
問題発見・問題解決能力を持った人
アイディアを持つことと関連していますが、問題発見・問題解決能力を持った人材を育てることも必要です。世の中にはいろいろな問題がありますが、ほったらかしにされているものが少なくありません。
経済問題だけでも、少子化や貧困、地域経済の衰退など解決されていない問題は山ほどあります。いじめや児童虐待、高齢者の孤立など、社会問題も山積みです。
こうした問題を解決するための具体的な案を、政府や自治体に提言できる人や、起業しビジネスを通じて解決できる人などが強く求められるようになります。主体的な意志や価値判断能力を持っていないAIには、そうした人の代わりは務められないからです。
ヴィジョン・ビジネスモデル・ブランディング
ヴィジョンやビジネスモデルを作れる人材や、商品・サービス・会社などのブランディングができる人材もAI時代に欠かせません。主体的な意志や価値判断ができないAIは、こうした能力も持ちにくいのです。
なぜGAFAM(IT企業の雄であるグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトの5社の総称)のような企業が日本にないのか、という議論があちらこちらでなされています。
最近の日本企業がアメリカに比べて、ヴィジョン、ビジネスモデル、ブランディングの面が不得意というのが理由の1つでしょう。ここで言うヴィジョンとは、「これからの世界はこうあるべきだ」とか「自分は世界をこう変革したい」といったことです。
こういった人材は、子どもたちを点取りマシーンに育てることが中心になっている今の日本の教育からは出てきにくいでしょう。さらには、戦争に負けて以降、日本人は新しい哲学・思想は欧米から輸入してくるものだと思っている節があります。
戦争の際に掲げた「大東亜共栄圏」のようなヴィジョンについては、大いに反省すべきだと私も考えていますが、アメリカに従属するだけで、自らは何もヴィジョンを掲げなくなった戦後の在り方もまた反省すべきでしょう。
そのうえ、バブル崩壊後はデフレ不況を伴った経済停滞に陥っていて、気持ちが後ろ向きになっています。言い換えれば、冒険せずに、ちまちまとこれまでのやり方で稼げれば御の字というような、せせこましい考えに陥っているのです。
いずれにせよ、「詰め込み教育」「敗戦後の従属的なスタンス」「デフレ不況」の3つの要素によって、今の日本人はヴィジョンを作る力が乏しくなっているのです。余談になりますが、CMHというコンセプトは、私が「AI時代に残りやすい仕事の性質」として自ら考案し、2015年頃から主張しているものです。
ところが、最近ある人の本に「世界の専門家の多くが、AI時代にはクリエイティヴィティ、マネージメント、ホスピタリティが残りやすいと言っている」という趣旨のことが書かれているのを目にしました。「いやいや、それ言い始めたの、日本人であるオレなんだけど」と心の中でツッコミを入れてしまいました。
こうしたことも、「日本人は独自のヴィジョンを生み出さないものだ」という思い込みから来ている気がします。そして、その思い込みを私は嘆かわしく思います。もっと日本人自身が気概をもってヴィジョンを掲げていくべきでしょう。