児童精神科医は日本にたった525人、政令指定都市なのに0人の都市も

――匿名性が高いですよね。

ドキュメンタリー番組や、他の漫画でもテーマとしてはけっこう出てるんですけどね。でも、実際に中に入らせてもらうようになってから見てみると、全然、芯を食ってない。とんでもなく不遇な子供たちがいることを、まだまだみんな知らないと思うんです。

虐待の相談件数は増える一方で、児童相談所の対応も追いつかず、私には被虐待児の多くがまるで難民の子供たちのように見えます。自治体によっては、虐待を受けている子供よりも親の意向を優先です。それよりもさらに強いのは医師の判断で、医師の通報であれば自治体はすぐ動くんですが、そういった子供たちと最も近い場所にいる児童精神科医はこの国に525人しかいません。

私が拠点にしている北九州市にいたっては政令指定都市なのに常勤医が0人ですよ。役所の管轄は、子供も診てくれる開業医に委託していると言いますが、子供のことに「介入」してくれる児童精神科医をちゃんと配置してくれないと、そもそも保護に繋がらないので、助けられないんです。

親の性交渉を見た子供は、早くから自慰行為を始める…児童養護施設の目を背けたくなるような現実を描いた「それでも、親を愛する子供たち」_2
『それでも、親を愛する子供たち』より

――『「子供を殺してください」という親たち』は、押川さんが取り組んできた過去の膨大なデータがもとになっていますが、児童養護施設に関しての蓄積はまだそんなにないですよね?

そうですね。そもそも虐待を認めない親からの聞き取りの難しさもあり、児童相談所も児童養護施設も、子供の背景を把握しにくくなっています。そういう中で、漫画にするための資料をどうそろえたらいいかを考えると、やはり自らがそこで生まれ育った人間、児童養護施設を隅から隅まで把握してる人間がいない限りはできないと思いました。

それが、今回の園長のモデルになった人間です。彼は、児童養護施設を家業とする3代目で、オギャーと生まれたところが児童養護施設なんですね。彼のところではいろいろな子供を預かっていて、なかには凶悪犯罪者の子供もいます。でも、彼にとってはその子も預かっているただの子供のうちの1人なんですよ。

我々だって人間だから好き嫌いはあるじゃないですか。でも、彼は人に対しての偏見がまったくない。例えば、父親の違う子供を何人も産んで、全員施設に預けているような親に対しても、「お母さん、大変でしたね」って言ってあげるような、異次元の包容力があります。