アズマモグラの旦那の日記に書かれていたこと
「なにをしているのですか?」
ユーさんが問いかけると、薄毛のモグラがゆっくりとした動作で振り向きました。
「見ればわかるだろう。日記をつけているのだよ」
言葉遣いでわかりました。ユーさんと同じ、東日本に棲息するアズマモグラの旦那です。
「ここは光が差しこむから、過ぎていく一日がわかる。毎日なにをしたかを記録すれば、単調になりがちな、つまらない我らの生活に、日々の記憶という彩りが与えられる」
おお!と、ユーさんは思わず爪先立ちになりました。克服すべき対象として、「つまらない」という言葉が放たれたのです。しかも反意語として躍り出た「彩り」があまりに魅力的で、ユーさんの胸のなかで虹色のあぶくが弾けました。
求めていたものはこれだったのです。つまらない日常でも、行為を書き留めることで色づけられる!
「あなたの日記を、見てもいいですか?」
「おいおい、人に見せるために書いているのではないよ。まあ、しかし、どうしても、というのなら」
薄毛の旦那は苦笑しながら、シャベルの手でカモンカモンと誘ってくれました。ユーさんは腰を低くして、日記が書かれた木の根に歩み寄りました。
某月某日土を掘った。ミミズを食った。三十四。
某月某日土を掘った。ミミズを食った。二十八。
某月某日土を掘った。ミミズを食った。四十六。
某月某日土を掘った。ミミズを食った。三十七。♪。
生涯を通じての地下生活のせいで、モグラの視力は極端に落ちています。ユーさんは何度も目を擦り、薄毛のモグラの日記を読もうと努めました。
「土を掘って、ミミズを食べるだけの毎日ですか?」
「もちろんだよ。モグラなんだから」
「でも、先ほど、日記を書けば、彩りが与えられるって言いましたよね。いったいどこが、その彩りなんですか?」
オッホン、と薄毛の旦那が咳払いをしました。
「毎日きちんと数字が記されているだろう。これは、その日に食べたミミズの数だ。この数字を見ることによって、どんな一日だったかが思い出せる」
「この ♪ は?」
「よくぞ聞いてくれた。これこそが彩りだ。これはな、食いついた瞬間に、ミミズがどんな声を出して息絶えたのか。その音を表したものだ」
しばらく日記の前に佇んでいたユーさんは、薄毛の旦那に「どうも」と頭を下げ、その場所をあとにしました。本当は、「つまらない日記ですね」と言いたかったのですが、もちろんそんな無礼なことは口にしませんでした。
ユーさんの体は再び重たくなりました。モグラはつまらない生き物だという思いが、より強くなったのです。