コロナ禍で激しさを増したヘイト・クライム
移民大国アメリカでは、先に入植したWASP層(アングロサクソン系白人のプロテスタント)が社会の主要な職業や地位を独占しており、後から入植したアイリッシュやイタリア系は職業が限られ、更にその下にアジア系、奴隷として連れてこられた黒人がいるという社会構造が厳然として存在する。
アジア系移民排除の論理である「黄禍論」は昔からあり、太平洋戦争中に、たとえアメリカ国籍を持っていても日系人を収容所に入れたのは、そういう白人メンタリティゆえのこと。
さらに、トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「チャイナ・ウィルス」と呼ぶことで、アメリカ国内で存在感を増していた中国製品、中国企業、そして中国人への反発に転換させたことも大きい。実際、コロナ禍での北米におけるアジア系住民に対するヘイト・クライムは大きな問題となった。
そして、映画に登場する女性警察官がモナ・リザの顔写真を見て「この中国人は……」と決めつけていたように、白人たちにとって、中国人も韓国人も日本人も見わけがそうそうつくはずもなく、アジア人はみな同じなのだ。
ここから先は【ネタバレ】要注意!
物語の終盤、偽造パスポートを入手したモナ・リザは、新しい生活を夢見る少年、チャーリーとともに別の街へ行こうと決意する。ところが土壇場で母親を見捨てることはできないと思い直したチャーリーが、モナ・リザを無事に飛行機に乗せるため、近くにいた身なりのいい別のアジア人女性の腕をつかんで「ボクはこの人に誘拐された!」と大声で叫んで警官の注意を引く。
すると傍にいた警官は、その女性を問答無用で拘束するのだ。拘束された女性は「アジア人の女性はみな同じに見えるわけ? とんでもない人種差別よ! SNSで拡散してやる!」と息巻くが、それはイラン系移民の家族の元に生まれ、「よそ者であることを常に自覚していた」という監督自身の想いが反映されている。モナ・リザが新生活に一歩踏み出す希望を描きながらも、差別や偏見は簡単にはなくならない、という感覚を雄弁に物語るセリフだ。
アミリプール監督自身、「アメリカで育った私は、自分の本当の居場所はどこなのだろうと、いつも考えていました。そんな子ども時代の私に力を与えてくれたのは、ファンタジー映画に登場するヒーローでした」と語っている。モナ・リザというキャラクターを描くことは、「スーパーヒーローを創造するような感覚だった」という。
今年5月に日本で公開された『ソフト/クワイエット』(2022)が、アジア人に対するヘイト・クライムを行ってしまう側から描いた問題作だったのに対し、本作はヘイト・クライムを受ける側が、「こんな風に反撃できたらいいのに」と感情移入できる形で描かれた作品といえるかもしれない。
文/谷川建司
『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』(2022) 上映時間:1時間46分/アメリカ
少女の名前は、モナ・リザ(チョン・ジョンソ)。だけど、決して微笑まない。12年もの間、精神病院に隔離されていたが、赤い満月の夜、突如“他人を操る”特殊能力に目覚める。自由と冒険を求めて施設から逃げ出したモナ・リザが辿り着いたのは、サイケデリックな音楽が鳴り響く、刺激と快楽の街ニューオーリンズ。そこでワケありすぎる人生を送ってきた様々な人々と出会ったモナ・リザは、自らのパワーを発揮し始める。いったい彼女は何者なのか。まるで月に導かれるように、モナ・リザが切り開く新たな世界とは?
11月17日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開
配給:キノフィルムズ
© Institution of Production, LLC
公式サイト:https://monalisa-movie.jp