ここ数年で明らかになった映像業界の実態
映画をはじめとした映像制作の現場では、長らく過酷な労働環境が問題視されてきた。長時間労働が引き起こす労災や低賃金による貧困は言うに及ばず、セクハラやパワハラ、厳しい上下関係によって生じる現場での物理的暴力や立場差を利用した性暴力など、これらは長らく表に出ることはなかったが、ここ数年は実名による告発や提訴が報じられ、耳目を集めるようになった。
駆け出しのギャラは「やや上がった」
制作会社に務めるAさん(40代半ば)は業界歴15年。20代後半から制作部としてさまざまな現場に入るようになった。なお映画の現場における制作担当は、スケジュールや出納の管理、ロケ地の選定や交渉、現場スタッフの食事や宿泊施設の手配など、実制作以外のあらゆる雑務をこなす。
Aさんが今の制作会社に入社したのは4年前。現在ではプロデューサーの立場で作品を仕切っている。映画もドラマも両方手掛けるが主軸は映画。その予算規模は数千万円から数億円と幅広い。そのAさん曰く、スタッフに払われるギャランティはここ10数年、ほぼ変わっていないという。
「このポジションならこれくらいのギャラ、という金額は、僕が知る範囲では変化がありません」(Aさん)
ギャラは準備含む撮影日数、すなわちスタッフの拘束日数に比例する。そして撮影日数の長さと作品のクオリティは相応に比例する。準備やリハーサルに時間のかかる、凝った撮影や演出が可能になるからだ。
業界歴14年のプロデューサーBさん(40歳)にも話を聞いた。
「製作予算全体の半分くらいがスタッフへのギャラですが、劇場用映画は製作費の回収ポイント、いわゆるリクープライン(損益分岐点)の設定があるため、予算は上げられません。だからギャラを上げれば上げた分だけ、やれることは減ります」(Bさん)
「やれること」とは何か。予算があれば、たくさんの場所でロケができる、派手なアクションや降雨機の使用、クレーンを使った撮影などもできる。美術、衣装、小道具などにもお金をかけられる。当然ながら、出演料の高い俳優を起用できる。要するに作品のクオリティを上げられるのだ。
「大作でも低予算映画でも、スタッフに支払う1日あたりのギャラ単価はそれほど大差ありません。大作は拘束日数が長いので、その分ギャラの総額が増えるというだけです」(Bさん)
なおBさんは一貫して個人のフリーランサーで、正社員として会社に所属したことは一度もない。都度、作品単位でプロデュースを請け負ったり、期間限定で制作会社と業務契約を交わしたりしている。駆け出しのころは無償で現場の応援に入ることも多かった。制作の仕事を経て現在はプロデューサー。今までに関わった作品は自主映画、深夜ドラマ、ベテラン監督の大作映画と多岐にわたる。
そんなBさんの最初の2、3年の月収は額面で20万円程度だった。フリーランスゆえ住民税や社会保険料などはここから自前で支払う。
ただBさん曰く、「今も10数年前と変わらないですが、若い人たち、つまり現場の助手のギャラは以前よりやや高くなっています。制作部で言うと、主任クラス以上は変わっていませんが、制作進行は上がっていますね」
その背景には、映画業界が直面している深刻な人手不足・人材不足がある。
「体感ではここ5〜6年くらい、映画業界はものすごい人材不足です。映画をやりたいという人が年々減ってきていて、とにかく若い人が来ない。理由は言うまでもなく、マスコミの報道などで労働環境が劣悪であることが業界外にも伝わっているから。一度はこの世界に入ったものの、あまりのキツさにすぐ辞めて別業界に行ってしまう若者も多い。だから、入りたての子のギャラを少しでも上げなきゃ、という気運が高まった」(Bさん)