氷河期世代の屈折
藻谷 実際、泉さん大変だったでしょう。子を産む、産まないに関する話はほんとにナイーブで、私もいろいろ反省することが多かったのです。何しろ言っているのは男なわけで、自分は産まんわけですから、どう話しても他人事を評論しているように聞こえる。女性は自分事として聞くので、産んでない私が責められているみたいに思う人が必ず出てくる。場合によっては、流産を経験した人の傷をえぐったりしかねない。
でも明石では、市民の声は素直に子育てを支援する施策を喜んでいますよね。ということは泉さんが、明石のみなさんのサイレントマジョリティーの声をちゃんと聴き取ったということですよね。
泉 5年前ぐらいがちょうど変わり目でした。明石市は12年間大きく3期に分かれるんですが、最初の5年間ぐらいはもう総スカンで、結果も見えにくい時代で、しんどかったです。その後の3年間ぐらいで明石市民の一部が大きく変わった。特に子育て層が劇的に変わって、子育てしやすくなったと僕の評価が高まって、ちょうどその頃に藻谷さんにお越しいただきましたね。ただ、そのときは限界があって、基本的に子ども、子育て層はイエスでしたが、まだ高齢者は冷めていたし、地元の商店街も若干様子見やったんです。
藻谷 確かに、そういう感じには気付きましたね。
泉 最後の3期目の、例の暴言騒動から戻った後の4年間で一気に全部がひっくり返っていった。今は、明石市は子育て層だけじゃなくて、高齢者もほぼイエスです。商店街も過去最高利益をたたき出し続けて、イエスに変わった。残っているのは氷河期世代ですね。
藻谷 なるほど。氷河期世代の多くは、もう出産可能年齢を過ぎている。そもそも家庭を構える余裕もなかった人も多かった。
泉 だから、今も私に対するネット上のアンチのほとんどが氷河期世代ですよ。明石市長、褒められているけど、私、税金ばかり取られて何もええことない。私ら何もしてもろうてない。私ら結婚もしてないのに、なぜあの人が褒められるん? という逆張りが働いていて、すごくコアな反対勢力です。
藻谷 90年代後半の新卒就職難は、バブル崩壊の不況で起きたと言われます。ですが実は、同世代の数が多すぎて、新規学卒者の全員に仕事を提供できなかった結果なのです。氷河期の真っ最中の1997年は、山一證券などがつぶれた金融危機の年ですが、仕事を持っていた若者(15~34歳)の絶対数は、なんと日本史上最高でした。なにぶん新規学卒者が、今の2倍近くもいましたから。GDPも個人消費も、バブル期よりも3割も多かったのです。
つまり氷河期世代は、全体が不幸になったのではなく、いいところに就職できた人とできなかった人の、世代内の格差がたいへん大きい、というのが実態です。割を食った人たちは、世代内競争に敗れたことを、「実力だの運だのがなかった」とあきらめて、いわば人生に絶望して生きてきた。ですから「格差を是正しよう」「弱者を助けよう」と聞いても、「自分たちは放置されたのに、なぜ今さらそんなことを言い出すのか」と感じる。人が人の助けを借りて幸せになること自体を、不愉快だと感じてしまう。
泉 市長を12年間やって、明石市というひとつの自治体でできることは精いっぱいやった認識はあるんです。やり切った感もある。逆に言うと、できたことはあるけど、できなかったこともある。今のお話の延長線でいくと、子育て支援や高齢者や障害者、犯罪被害者、加害者のサポートはしやすいんですよ。でも、氷河期世代の雇用とか非正規雇用の解決は国の仕事です。少子化の問題も、明石市は子育て支援はできても、結婚支援はやりようがない。加えて就職先、雇用の安定、給料増のテーマは、市だけじゃしんどいです。
藻谷 おっしゃるとおりですね。学校や鉄道の維持なんかもそうですが、国が真面目に取り組まずに予算削減ばかりしているから、そこから地域もおかしくなってしまう。