ヒトの腎臓病研究の進歩にも
ネコ薬開発が貢献
こうしてネコ薬の開発作業は順調に進んだが、このことはネコだけでなく、ヒトの腎臓病治療の研究にも大きな進歩をもたらした。
人間の場合、慢性腎臓病は数十年かけて進行し、最後には腎機能が低下して人工透析が必要になる。
そのため、新薬の治験を行う場合、病気の進行状況(=ステージ)を選ばないと効果を確認するのに非常に時間がかかり、治験そのものが困難になる。ネコの場合と同じであるが、ヒトは病気の進行がネコよりずっと遅いため、さらに治験のステージを吟味することが重要となる。
これまで腎臓薬の開発があまり進んでいないのは、それが原因の一つなのかもしれない。
人間より寿命の短いネコでは、人間の腎臓病とほぼ同じ経過がおよそ10年強で進行するので、数カ月の期間があれば、さまざまなステージでAIMの効果を試すことができた。またその結果、それぞれのステージでAIMが主にどのようなゴミを掃除するのかも推察できた。
これらの知見は、今後ヒト腎臓病でAIMの治験を行う際に、どのステージでどのくらい投与し、何を指標にして効果を判定するかを考えるうえで非常に大きな財産となった。
全員が腎臓病になるネコのおかげで、私たちはいま、人間用のAIM製剤での治験の設計図を明確に描くことができるのだ。
さらにAIM製剤の開発作業でも、結果的にネコ薬開発が人薬開発のための予行演習になった。
AIMのようなタンパク質薬剤を開発する手順は、①AIMを大量に産生する細胞株を作製する、②その細胞株に最大限多くのAIMを作らせる培養条件を検討する、③培養条件を検討するための実験を最初は250㎖程度の小規模の培養で行い、それを2ℓ、5ℓ、50ℓとスケールアップしていくが、その過程で産生量が低下しないように培養条件を微調整する、④培養液中のAIMを純度の高いAIMにするための精製法とその条件を検討する――という工程で進む(③と④の工程は、ほぼ同時進行になる)。
こうした開発は、必要なインフラと技術を持つCRO(開発業務受託機関、Contract Research Organization)と共同で進める必要があり、前述したように私たちはネコ薬の開発に当たって台湾の会社と手を組んだ。
ネコ薬のベースとなるマウスのAIMについては、④までほぼ完了している。
ヒト薬ではもちろん「ヒトAIM」を使うが、開発工程はまったく同じなので、ネコ薬開発で得た①〜④における技術的な積み重ねは、そのまま「ヒトAIM開発」に利用できる。
また、開発上の問題点、困難な点とその克服策についても十分な知見が集まったから、3年をかけたネコ薬の開発より「ヒトAIM」の開発は格段にスムーズに進むはずだ。
腎不全末期のネコに驚きの効果
猫の寿命はいまの倍の30歳くらいになる
さまざまな病気とAIMのかかわり
文/宮崎徹
図/『猫が30歳まで生きる日』(時事通信社)提供
写真/きょろくん @ossan__to_neko shutterstock