地域ごとに異なる縄文の造形 

縄文王国・山梨の釈迦堂遺跡博物館。笛吹市の釈迦堂では、全国の出土数の約7%を占める1100以上もの土偶が見つかっている。土偶の欠片がずらりと並ぶ展示ケースは圧巻だ(写真/井浦新氏提供)
縄文王国・山梨の釈迦堂遺跡博物館。笛吹市の釈迦堂では、全国の出土数の約7%を占める1100以上もの土偶が見つかっている。土偶の欠片がずらりと並ぶ展示ケースは圧巻だ(写真/井浦新氏提供)
茅野市尖石縄文考古館で見ることのできる2体の国宝土偶。左は、山下氏が長野県の「この一点」に挙げた『土偶』(仮面の女神)。右は『土偶』(縄文のビーナス)。現在、「縄文のビーナス」は貸し出し中で、再び2体が揃うのは10月中旬以降
茅野市尖石縄文考古館で見ることのできる2体の国宝土偶。左は、山下氏が長野県の「この一点」に挙げた『土偶』(仮面の女神)。右は『土偶』(縄文のビーナス)。現在、「縄文のビーナス」は貸し出し中で、再び2体が揃うのは10月中旬以降

山下 僕と新くんとでもう一つ共通しているのは、無類の縄文好きなことだよね。

井浦 縄文は、地域ごとに造形が異なるので、絵師を追うのとは違う面白さがあります。

山下 一口に縄文時代と言っても一万年もあり多様です。十日町市博物館(新潟県)の火焰型土器のようなエネルギッシュなものもあれば、山梨県立考古博物館や釈迦堂遺跡博物館の水煙文土器に代表されるような曲線が連なる不思議な造形のものもある。縄文の遺跡は、仕事で行くことが多いですか?

井浦 ほとんどがプライベートです。北は北海道から南は沖縄まで行きました。この間は西表島で貝塚を見ました。

山下 西表島はさすがに僕も行っていない。負けたな〜。今回の本では山梨、長野、新潟の3県を縄文に充てています。僕の大好きな長野の茅野市尖石縄文考古館の土偶「仮面の女神」も取り上げました。

井浦 もし「縄文を最初に見るならどこに行ったらよいですか?」と聞かれたら、迷わず、茅野を薦めます。考古館には「縄文のビーナス」と「仮面の女神」という国宝の土偶が二体ありますし、隣接する遺跡も良いです。ここに川があるから住みやすかったんだとか、縄文人はあの山を大切にしていたのかとか、集落跡の地形を見ることで実感できます。現地に行かないと地形のことまではわかりません。

奄美の自然信仰を絵画化した田中一村

鹿児島県本土から南西に約380km離れた、奄美大島にある田中一村記念美術館。一村の作品を、東京・千葉在住時代から奄美大島移住後まで、季節ごとに入れ替えながら展示する。独特の形の展示棟は、食物を貯蔵する「高倉」を模したもの(画像提供/奄美パーク・田中一村記念美術館)
鹿児島県本土から南西に約380km離れた、奄美大島にある田中一村記念美術館。一村の作品を、東京・千葉在住時代から奄美大島移住後まで、季節ごとに入れ替えながら展示する。独特の形の展示棟は、食物を貯蔵する「高倉」を模したもの(画像提供/奄美パーク・田中一村記念美術館)

山下 旅といえば、田中一村(1908~77)も忘れてはいけません。一村こそ奄美大島に行かないとわからない。

井浦 奄美も何度も行った大好きな場所です。

山下 栃木県出身の一村は幼い頃より画才を発揮しましたが、中央画壇で認められず、50歳で単身奄美に移住します。紬工場で染色工として働きながら、奄美の自然をモチーフにした絵を人知れず描き続けました。死後、たまたまNHKのディレクターの目にとまり、『日曜美術館』に取り上げられたことで、一躍有名になりました。現地には、田中一村記念美術館が開館し、一村終焉の家も移築されて残っています。

井浦 奄美は本州とは異なる独特の自然が素晴らしいです。ドラマの撮影で、奄美大島やさらに南の加計呂麻島に長期滞在したときに、撮影の合間にあちこち回りました。縄文時代から連綿と続くアニミズムも色濃く残っています。

山下 奄美の沖合には、海からやってきた神様が立ち寄る「立神」と呼ばれる岩がいくつもあり、信仰の対象になっています。その立神と奄美の集落を結ぶ細い道は祭礼のときの神様の通り道です。一村の絵には、近景に奄美の草花、遠景に海と岩を描いたものが多いけど、それは神様が通る道から鬱蒼と茂った植物越しに立神を見た風景なんです。奄美の自然信仰が表現されています。

一村は、奄美に渡った当初は自分の絵を認めない中央画壇に対する復讐心を燃やしていたけど、現地の自然とアニミズム的な信仰に触れて、自分を認めてほしい気持ちが溶けていったんじゃないかな。最後の連作は「閻魔大王えの土産品」と記し、純粋に自分が納得する絵を残そうと考えていた。その矢先に誰にも看取られず、亡くなったんですけどね。

現地で見てこそ! 旅をしてでも見る価値のある日本美術・47都道府県の「この一点」とは<山下裕二×井浦新>_10
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県立美術館も「この一点」を楽しめばいい

井浦 今回の本では県立美術館がたくさん紹介されていますが、あらためて振り返ると僕は県立美術館にあまり行っていないことに気づきました。その土地ゆかりの作家、作品を広く展示する幕の内弁当的なイメージがあるため、つい濃厚な鑑賞体験を求めて個人をテーマにした記念館などに行ってしまいます。県立美術館の楽しみ方を知りたいです。

山下 既に新くんは率先して「この一点への旅」をやってきているんだよ。県立美術館だって同じ。展示されているすべてを楽しもうと思わないで、「この一点」だけでもいいんですよ。

井浦 県立美術館であっても、絶対見ておきたい一点を目指して出かければいいんですね。

山下 もちろん、事前に何が展示されているかを調べる必要はあるけどね。目当てにする「この一点」を見つけるときに今回の本を使えばいいんじゃないかな。予め候補を決めて、展示されるタイミングで旅に出る、というのが基本です。

井浦 その上で旅に持っていってもいいですしね。これから先もまだまだ行きたい場所があると思うと楽しみになってきます。

山下 土地土地の美味しいものを目指して出かけるのと同じくらいの気軽さで、「この一点」が旅のきっかけになってくれれば嬉しいですね。


撮影/荒井拓雄 ヘアメイク/NEMOTO(HITOME) [井浦新氏] 取材/藤田麻希

『日本美術・この一点への旅』
山下裕二
2023/9/5
¥2,420
160ページ
ISBN:978-4087817423
美術好き・旅好きが目ざすべき、47都道府県の「この一点」。
「旅してでも見る価値あり」という視点で選んだ新・美術館ガイド

日本美術の「真価」を知るには、所蔵先まで旅するのがベストです。「混まないから作品とじっくり向きあえる」ことに加え、「その土地と作品のつながりをリアルに実感できる」「当初意図された通りの展示空間で見られる」など、鑑賞体験の感動が何倍にも増大することも。なかには、「国宝の屏風絵をガラスケースなしで見られる」というスペシャルな機会もあり!
本書は、日本各地の「旅してでも見る価値がある作品」=「この一点」を山下先生の独自の視点で厳選し、詳しい解説とともにオールカラーで紹介しています。全62施設(寺院含む)、47都道府県を網羅しているから、どこからでもスタート可能。お目当ての作品の展示時期を調べたら、いざ、「この一点」を楽しむ旅へ! 美術好き・旅好きにおすすめの一冊です。

【本書に収録した作品】
三岸好太郎『飛ぶ蝶』(北海道)/棟方志功『花矢の柵』(青森県)/狩野永徳『上杉本洛中洛外図屏風』(山形県)/木村武山『阿房劫火』(茨城県)/『捕鯨図万祝』(千葉県)/鏑木清方『一葉女史の墓』(神奈川県)/『火焔型土器(指定番号1)』(新潟県)/『風俗図(彦根屏風)』(滋賀県)/長沢芦雪『龍図』(和歌山県)/正阿弥勝義『菊花・虫図皿』(岡山県)/雪舟等楊『四季山水図(山水長巻)』(山口県)/副島種臣『帰雲飛雨』(佐賀県)/田中一村『不喰芋と蘇鐵』(鹿児島県)ほか。
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