初めての前線任務でケンさんを脅かしたもの

恐怖心や身の危機に直面する事に幸せを感じるタイプには、これまでの戦場でもたくさん出会ってきたが、ケンさんも同じ人種なのだろうか。

私自身がこの仕事を始めて25年間で何度も危険に身を晒し、時には怪我を負っても、紛争地取材から足を洗えずにいるアドレナリン中毒者なのだから彼らの気持ちは理解できる。ケンさんの本音の部分は結局、現地で取材していたときには捉えきれなかった。

取材を終えてウクライナから帰国後、しばらくしてケンさんから連絡が入った。

初めての最前線の任務を終えて基地に無事に戻ったという。2人のウクライナ人兵士とケンさんの3人はAGS-17自動擲弾発射機を担当し、ケンさんは敵までの距離を測り、射手に伝える観測手の役割を担った。

「ウクライナ軍、ロシア軍双方の砲弾やロケット弾が昼夜問わず飛び交う状況でした。ポジションと呼ばれる前哨地で地面に掘って丸太で補強した1畳ほどの蛸壺壕に一人で入り、4日間ずっとロシア軍のドローンや砲撃から身を隠してました。近くに着弾すると衝撃で塹壕の土が落ちてきました」

ケンさんが任務で訪れた前線の塹壕 (写真/本人提供)
ケンさんが任務で訪れた前線の塹壕 (写真/本人提供)

丸太で天井部分を補強しているとはいえ、砲弾が直撃したら死ぬか生き埋めになるかもしれない。私も実際に壕に入ったが閉塞感と不快な湿気で、ものの数分で逃げ出したくなった。そしてケンさんから耳を疑うような話を聞いた。

「初日の夕方から周囲でガサガサ音がして人間かと思い身構えたら、なんと数十匹のネズミが周囲を徘徊してて、横になっていたら一匹の小鼠が私の潜む穴に落ちてきました。しばらく放っておきましたが、夜、寝ている時にその小鼠がシャツの隙間から入り込み、ネズミは背中をモソモソ這い回りました。

初日は寝るときも防弾プレート(レベル3)の入ったプレートキャリアを着用していたので、背中とキャリアの間で思いっきり押し付けたら「キュー!」と鳴き声がしてそのまま大人しくなりました。キャリアを外し、シャツをバタバタしたらボトッと音がしましたが、夜はドローンを警戒して灯りをつけられないんです。

なので、暗闇の中手探りで鼠の死体を探し、足元に置いときました。翌朝確認したら圧死してました」