ウクライナ政権が危機的状況にあるということを明らかにしているソ連時代的な汚職の対処
池上 その世界大戦に巻き込まれた形のウクライナですが、トッドさんは戦争が始まる前の段階で、ウクライナは破綻国家であり、国家としての体をなしていないとおっしゃっていました。
ただ、戦争が始まり、その真っただなかで政府の汚職高官が追放されるなど汚職撲滅の動きもあるようです。国としてのまとまりが全くなかったウクライナが、ロシアの攻撃で自分たちの土地を守らなければならなくなったという、きわめて皮肉な形ではありますが、むしろウクライナの民族意識が深まってきた。この戦争をきっかけに国家として成立しつつあるようにも見えるのですが。
トッド そのとおりだと思います。この戦争によって国家意識、国民意識が強化されている面はあるでしょう。戦争前は、私はウクライナの国家意識がどれほど強いのか疑問に思っていたのですが、軍事的に非常に耐えている姿を見て、その意識が強くなっていると認めるようになりました。
ただ、ウクライナにおけるロシア語圏は、この戦争によって崩壊しつつあるのではとも思っています。ロシア語圏にいる中流階級がどんどん国外に流出しているからです。中流階級がいなくなった国は崩壊していく傾向があります。国家意識、国民意識というのはウクライナ語圏で強化された、と言えるのではないかと思います。
一方で、ご指摘のように国内のさまざまな汚職に関して、いろんな、謎の多いことが行われているようなんですね。いま、「汚職撲滅に取り組んでいるように見える」とおっしゃいましたけれども、たとえば、辞めさせられた人々の、その国のなかでの立場的なものを見てみると、かなり粛清に近いような、なんとなくソ連時代的なものを感じてしまうわけです。
そういうやり方で汚職に対処しているとしたら、これはウクライナ政権が危機的状況にあるということを明らかにしているだけのことであって、ウクライナがこれからしっかりとした民主主義の国になろうとしているというようには、私は解釈できないんじゃないかなと思いますね。
池上 ウクライナ戦争が始まる前には「ウクライナって、やっぱり破綻国家だ」と思っていたトッドさんも、極めて皮肉なことですけれど、侵略を受けてしまったことによって国家のまとまりというものが出てきた。あるいはウクライナが民族主義的に団結心というのが出てきたということを、お認めになったのは印象的です。
文/エマニュエル・ドット、池上彰
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