ワシ崖っぷちやねん。
そやから引き受けてもらわな困るんや

やすしさんはこう言って私を口説きにかかりました。

「あのな、君の舞台を見ていると、芝居よりも漫才のしゃべくりのほうが似合うていると思うんや」

漫才というのは、相手が何を言っても必ず、瞬時に反応して言い返さなければいけません。やすしさんは中学生のころからの経験があるけれど、私は新喜劇で「通行人A」とか「クマ」とか「ヒヒ」しかやったことがない人間です。

「いや、私には無理です」

と断るのですが、やすしさんは、「大丈夫、大丈夫、何とかなるから安心せい」と譲りません。

そして最後にこう付け加えたのです。

「ワシ崖っぷちやねん。そやから引き受けてもらわな困るんや」

天才少年漫才師として華々しくデビューしたものの、なかなかうまくいかずに、コンビを結成しては解散を繰り返していたやすしさん。私に声をかける以前は、後にレツゴー正児となる横山たかしさんと「横山やすし・たかし」として活動していましたが、これも長くは続きませんでした。だけど普通の人と違って彼は中学生時代からメディアでも注目される存在でした。

昭和41年(1966年)、横山やすしから熱心な誘いを受けて漫才コンビを結成〈写真/吉本興業提供〉 
昭和41年(1966年)、横山やすしから熱心な誘いを受けて漫才コンビを結成〈写真/吉本興業提供〉 

吉本は反対…「4回別れたやつは5回目も別れる」 

一方の私は、駆け出しの舞台役者です。漫才なんてやったこともないし、やろうと思ったこともありません。そんな私のどこを見て「大丈夫」とか「何とかなる」と言うのか、その理由も分からないのですが、簡単にお引き受けできる相談ではありませんでした。

そこで吉本興業に相談に行くと、即答されました。

「絶対にあかん」

会社としては新喜劇の役者として大切に育てていく計画があるのに、4回もコンビ別れをしている男とコンビを組んで、そのプランが崩れるなんてもったいない、ということなのです。

「あのな、4回別れたやつは5回目も別れるもんや。悪いこと言わんからやめとけ」

私もそうだと思ってやすしさんにお断りの返事を入れるのですが、彼はなかなか引き下がりません。何回も「話を聞いてくれ」と言い、喫茶店に呼び出されてはトマトジュースに塩を振りかけて私を口説くのです。

何度も何度も話を聞くうちに、私は「やってみてもいいかな......」と思う気持ちが少しずつ湧き上がってくるのを感じていました。