いろんな事情で母親になれないと悩む大人がいる
藤田氏は、このフリースペースの中で、「子どもショートステイ」を始めた理由についても、こう語る。
「行政の枠組みがあるので、子どもショートステイの制度ではできないこともあります。例えば、18歳未満しか利用できないとか、居住している区以外のショートステイは利用できないとか。細かいことでも、ショートステイの制度から漏れた人を、フリースペースという“居場所”が少しでもカバーできたらいいなと思っています。
育児に疲れて、今日は子どもと一緒に過ごすのがしんどいと言う人も多いのですが、行政が休みの土日などではすぐ使えないこともあります。なので『れもんハウス』では自治体のショートステイの事業とは別に、制度の狭間のニーズに合わせたお泊まりもできるようにしています。
また、学習支援や居場所などをしていると、来ている子が、家庭不和や虐待などで今日は家に帰りたくないと言うこともあるのですが、そういった時に家に帰るか児童相談所を頼るかの二択しか提案できないなんて、お互いに辛い。『じゃあ、今日ここに泊まっていきなよ』って言ってあげることができたらいいなと思って、この居場所でショートステイなどをやっています」
その居場所がオープンしてからしばらく経った日の夜。藤田氏のもとに1本の電話がかかってきた。
「誰かの手料理が食べたくなっちゃった」
電話の主は、以前藤田が勤めていた施設でサポートをしていた30代の母親だった。
「退所した後も、連絡を取り合っているんですが、ある夜、23時くらいに突然連絡が来たんです。退所後、子どもは施設に預けることとなり、今は1人で暮らしているのですが、家の中がゴミだらけだったり、自炊もほとんどしない生活を送っているかたでした。自宅がここから徒歩圏内ということもあったので、『私いるから、今からおいでよ』って声をかけた。
久々に姿をみせた彼女は元気がなかった。きっと、心が疲れて、誰かと話したかったんだと思います。私が作った親子丼を一緒に食べながら、たわいもない話をしました。『手料理を食べたの久しぶり』と半泣き状態で、結局、明け方まで一緒に過ごした。彼女だけじゃなく、本当は母親として、こうあるべきなのに何もできないと自暴自棄に陥る人は多い。そういう人の中には、自分自身が幼少期に虐待を受けていたとか、大きく傷ついたトラウマがあるとか、いろんな事情で、理想の母親になれないと悩む大人もいます。
『こうあるべき』という社会の中で当たり前とされている価値観や役割があるから苦しみが大きくなる。だから、家族だけで子育てをしようと閉じるのではなく、いろんな人と一緒に子育てができる環境づくりができたらいいと思ったんです」(藤田氏)