〈ナツイチ〉読みどころ
今年のナツイチの中から、いくつかの作品の読みどころを紹介しよう。
まずは映像化作品から、ビートたけしの恋愛小説『アナログ』を。二宮和也・波瑠出演で映画化され、10月6日から公開される。
主人公の水島悟は大手ゼネコン系列の事務所で働く空間デザイナー。いまどきのデザイナーや建築家はたいていコンピューターで仕事をするが、悟はアナログ派。手でイラストを描き、模型をつくってイメージを確認する。ある日、悟は自分が内装を手がけた喫茶店でみゆきと出会う。携帯電話の番号やメールアドレスは交換せず、会いたい気持ちがあれば会えるはず、と毎週木曜日に喫茶店で会う約束をするアナログなふたり。超多忙な日々のなかでも、悟はみゆきとの逢瀬を大切にする。悟の想いは深まっていくが、突然、みゆきは喫茶店にあらわれなくなる。いったい何が起きたのか、ふたりの恋の行方はどうなるのか……。
メインのストーリーは純愛物語なのだけど、笑えるところもたっぷり。悟の親友である高木と山下がいい味を出している。真面目な悟とは正反対。いちいち会話が漫才のようで腹筋崩壊。往年のツービートを思い出した。また、落語好きのみゆきによる落語家論なども興味深い。
新庄耕のクライムノベル『地面師たち』はNetflixで映像化が決定。地面師とは土地の持ち主を装って買い手から金をだまし取る詐欺師のこと。実際に起きた事件をモデルにしていて、手口の描き方がじつにリアルだ。地面師はチームで犯行に及ぶ。計画立案者、標的の物件を調査する者、地主になりすます者、書類を偽造する者など。
この小説は、地面師チームの一員、拓海の視点で描いたところがポイント。拓海はかつて詐欺の被害者だったという過去を持つ。騙す者と騙される者。それぞれが抱く欲望と、それによってもたらされる悲劇を描いたことによって、魂の暗部までえぐり出す。
伊坂幸太郎の連作短編集『終末のフール』もNetflixで映像化。人類滅亡まで残り3年となったとき、人びとはどう生きるのか。仙台市郊外の団地を舞台に8つの物語でオムニバス的に描く。
表題作は長いこと絶縁状態にあった娘の帰りを待つ老夫婦の話。題名にある「フール」とは英語で馬鹿という意味だが、夫はことあるごとに「馬鹿」というのが口癖。いますね、こういう人。
夫婦には息子と娘がいた。過去形である。父は成績優秀な娘を自慢し、息子をなじった。怒った娘は家を出た。その娘が帰って来るというのである。和解するには今しかない。だって、もうすぐ人類は終わっちゃうんだから。でも、「馬鹿」が口癖の、頑固老人だから、ことはそう簡単じゃない。この逡巡というか韜晦というか、複雑な感情をクールに描いている。