「1回でも負けたら辞めようと思っていたけど…」

勢い任せの強打で勝つスタイルは、まもなく壁に当たる。2020年、無敗のまま迎えた東日本新人王のトーナメント決勝戦で、ダウンを奪われて完封負けを喫した。

「1回でも負けたら辞めようと思っていましたが、すぐに悔しさがこみ上げてきました。会長に聞いたら、『悔しいなら引きずらずに、早く日常生活に戻ってこい』と。それで、試合翌日からそれまでと同じルーティンでジムに夕方行って、ただ試合のダメージがあって練習はできないので、しばらくは掃除だけしに通ってました」

今でもジムの掃除は率先して行う
今でもジムの掃除は率先して行う

ジムには通い続け、やがて練習も再開した。いつかのように、目の前の道から逃げ出すことはしなかった。そして東日本新人王の敗戦から1年3か月後、苗村は復帰戦をKO勝利で飾る。

しかし5勝すべてKO勝ちとなると、その強打を警戒されて今以上に試合が組みにくくなるかもしれない。そんな不安を坂本氏が抱きはじめたころ、驚くような選手との対戦オファーが届いた。その相手、馬場龍成選手はプロ戦績こそ1戦1勝とデビュー間もないが、アマチュア戦績70戦以上で日本代表として世界選手権出場経験もある。一時は五輪代表候補とも目されていた大型新人で、競技経験は圧倒的に苗村を上回っている。

だが坂本氏は迷わなかった。

ジムワークで着ているTシャツには、会長の座右の銘であった「不動心」の言葉が背に乗っていた
ジムワークで着ているTシャツには、会長の座右の銘であった「不動心」の言葉が背に乗っていた

「『ええ、やりますやります、ウチの苗村でよければぜひ』って。『アマチュアエリートだから馬場選手も相手見つからないでしょう?』と言ってね。はい、もちろん勝算はありましたよ。相手がプロのリングに慣れた2年後、3年後にはどうかわからないけど、今だったら十分に見込みはあると」