中国の「債務の罠」への警戒感が国際社会に広がった
もともと、インドが安全保障面で期待していたのは、われわれが2国間での、またクアッドでの連帯を示すことで、インドの敵対者を牽制し、侵略行為を、「政治・外交的に」抑止することだった。しかしこれまでもみてきたように、自信を深める習近平体制下の中国には、その効果はあまり期待できないかもしれない。そうすると戦争になる前に、兵器協力などを通じてインド自身の軍事力を高めることが必要になる。
つまり、兵器の輸出や共同開発・生産を進めるということだ。けれども、この点ではロシアとも深く広い軍事協力をつづけているインドとの協力には、アメリカでさえ躊躇するところがある。日本の場合には、これにくわえて、憲法・法制度上の厳しい制約があり、きわめて難しい。
そうした事情は、インドも理解している。そのうえで、インドがクアッド、とくに日本に期待しているのは、非軍事分野での協力だ。インド外交研究者の溜和敏も指摘するように、インドはクアッドの「経済政策」としての側面に力点を置くようになっている。科学技術においても、近年の中国の伸張には目覚ましいものがあるとはいえ、「質の高いインフラ」など、日本の技術力は依然として高く評価されている。
それに、中国が建設したスリランカのハンバントタ港が、結局「借金のカタ」に取られてしまったことをきっかけに、中国の「債務の罠」への警戒感が国際社会に広がった。そうしたなかで、返済可能で、透明性の高いインフラ支援を求める声があがっている。インドがクアッドや日本に期待するもののひとつとして、インドのみならず、周辺国に対しても、中国に依存しないようなインフラを提供してくれることが挙げられる。
モディ首相はスリランカ経済危機への対処での連携を日本に要請
具体的に進行しはじめたプロジェクトもある。インド北東部の開発だ。「鶏の首」でつながったインド北東部は、これまでとくにインフラの整備が遅れてきた。しかしこの北東部の諸州は、対中安全保障のみならず、通商上も、ミャンマーに接する要衝だ。
日本は2017年から「日印北東部開発調整フォーラム」、「日印アクト・イースト・フォーラム」を発足させ、この地域の道路網の整備などを支援している。
インドやバングラデシュと、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国とのコネクティヴィティ(連結性)を強めることは、「アクト・イースト」を掲げるモディ政権の望むところであるばかりか、ASEANに多くの拠点をもつ日本企業にも利点が大きいとみられている。成長が確実視されるインドやバングラデシュを、市場としても、サプライチェーンとしても組み込みやすくなるからだ。
インフラと関連して、債務問題での協力も、日本やクアッドに期待するところは大きい。これからの話だけでなく、これまでに膨らんでしまったインド周辺国の多額の対中債務は、スリランカだけでなく、今後はモルディブなどでも経済危機を招くことが懸念されている。
「債務の罠」にはまれば、その国への中国の影響力はますます強まる。そもそも「債務の罠」から各国を救い出さなければ、新たなインフラ支援などできるはずもない。2022年のクアッド首脳会合直後に開かれた岸田首相との個別会談で、モディ首相はスリランカ経済危機への対処での連携を要請したという。