批評の成層圏を超えた
『トップガン マーヴェリック』

劇中のクライマックスで描かれたミッション同様、こうして『トップガン マーヴェリック』は数々の奇跡をクリアすることで映画館に幅広い層の観客を呼び戻したわけだが、さすがのクルーズも想像してなかったのは、ちょうど『トップガン マーヴェリック』の公開日と配信日が重なった『ストレンジャー・シングス4』(ネットフリックス)や『オビ゠ワン・ケノービ』(ディズニープラス)の初週再生数を、36年前に公開された前作『トップガン』の再生数がアメリカ国内で上回って、ストリーミングチャートでトップに立ったことだろう。

クルーズにとってその後のキャリアの大きな足がかりとなった『トップガン』が、公開から36年を経てクラシックとして新しい世代をも惹きつけていることには、公開当時この作品が「流行りもの」として消費され、その後も長らく「80年代ハリウッド映画」の象徴として多くの場合批判的に語られてきたことをよく知る世代としては、正直なところ少々戸惑ってしまう。

「子供たちにもマーヴェリックが必要だ。だから、お前はまだここにいる」最後の映画スターによる、最後のスター映画『トップガン マーヴェリック』が救ったハリウッドの“現在”_2

兄のリドリーと同様にCMディレクターから映画監督に転身したトニー・スコット監督の作品が、批評家や映画マニアからも支持されるようになるのは、TVコマーシャル的な作り込んだ照明や構図や、当時散々MTV的と揶揄されたポップソングを使用した劇中イメージシーンの演出法から脱した、90年代後半以降の作品からだった。

『トップガン マーヴェリック』の監督を任されたジョセフ・コシンスキーは、そんな当時のトニー・スコット作品のタッチを部分的に援用しながらも、6KのデジタルカメラによるIMAX映像を駆使して本作を前作よりも画面のスケール感を強調した映画的なルックに仕上げてみせた。果たすべきミッションに向かってほとんど脇道に逸れることなく一直線に物語が進行し、終盤に大きな見せ場が連続する脚本も、前作よりもはるかに洗練されている。

しかし、だからといって『トップガン マーヴェリック』が現在のような絶賛一色に値するような普遍的な傑作かと問われると、少々口籠もってしまうのも事実だ。今さらリアリズム的な観点を持ち出して本作の設定やストーリーにツッコミを入れるような無粋なことをするつもりはないが、一つの自律的な作品として評価するには、映画としてあまりにもいびつで、あまりにも自己言及的なのだ。

冒頭のシーンでも中盤のシーンでも、パイロットスーツに身を包んで任務に向かう途中、マーヴェリックは同僚から「なんて顔をしてるんだ」と声をかけられる。腐れ縁の元恋人ペニーからは「そんな目で見ないで」と言われる。

どんなあり得ない設定もミッションもトム・クルーズの「顔」で乗り切り、初老手前の男女のロマンスもトム・クルーズの「目力」で乗り切る『トップガン マーヴェリック』は、正しくは、「最後の映画スター」による「最後のスター映画」として評価するべき作品だろう。

『トップガン』と同じ1986年に公開された『ハスラー2』は、当時61歳のポール・ニューマンがクルーズにハリウッドのトップスターのバトンを渡した作品だった。しかし、2023年に同じ61歳になるクルーズにはバトンを渡す相手がいない。それは本作に出演しているルースター役のマイルズ・テラーやハングマン役のグレン・パウエルが役者として頼りないからではない。我々が生きているのが、そういう時代だからだ。