たった一つのシンプルな理由

ノルマさんが続ける。
「最初はね、ここに商店があるだろ。そこの商店に、知らない人たちがやって来たんだよ」

たしかに、パトロナスの家には、小さな商店がくっついている。
「そこにね、なにか飲み物を売ってくれ、って言う人たちが来たんだよ。それで、よく見たら、近くの電車に同じような人たちが乗ってるじゃないか。だから、その人たちに食事をあげるために、パンとか簡単なものを用意したんだよ」
「そんなはじまりだったんですね……」
「でも、しばらくの間はね、彼らが移民だっていうことは知らなかったよ」
「え? そうなんですか?」
「別に移民だからって理由で助けたわけじゃなかったから。困ってそうな人がいたからさ、それで力になれないかと思ってね」
困っている人がいたから、助けた……。
「ここには、食べ物もたくさんあるし、わたしたちはなにか困っていることがあるわけじゃないし、ありがたいことにね」

「移民だから助けたわけじゃない」メキシコ全土に名を轟かせるパトロナスが、移民に手を差しのべる“ただひとつのシンプルな理由”_4
撮影/嘉山正太
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正直、ガツーンと頭を殴られたような感じがした。ぼくは、彼女の話を聞くまで、勝手に頭のなかでパトロナスのいろんなストーリーを妄想していた。ノルマさんたちがここまで「移民」を支援するのは、なにか理由があるんじゃないか。家族に「移民」がいるんじゃないか。「移民」というキーワードに目が眩んでいるところもあるんじゃないか、と。眩んでいたのは、ぼくの方だった。

困っているから、助ける。たしかに、ぼくも時折その現場に遭遇するときがある。メキシコで、ラテンアメリカで、なにか困ったことが起きるとき、たしかに見てみないふりをする人はいるけど、いつも声をかけてくれる人がいるのも事実だ。それは、都会よりも地方の方が多い。

何度見知らぬ人に「大丈夫?」と声をかけてもらっただろうか。ノルマさんたちの活動は、その延長に思えた。毎日、食事をつくって、袋詰めにして、列車が来るのに合わせて渡す。その活動は、きわめてシンプルな理由からはじまっていたのだった。

そのとき突然、汽笛の音が鳴った。


文/嘉山正太  写真/shutterstock


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https://www.spinear.com/shows/iminto-yaju/

マジカル・ラテンアメリカ・ツアー
妖精とワニと、移民にギャング
嘉山 正太
「移民だから助けたわけじゃない」メキシコ全土に名を轟かせるパトロナスが、移民に手を差しのべる“ただひとつのシンプルな理由”_5
2022年9月26日発売
2,090円(税込)
四六判/276ページ
ISBN:978-4-7976-7417-0
移民問題の取材のためメキシコのベラクルスを訪れた、ネットメディア『ライトハウスポスト』記者・蛇ノ目悟(演:新祐樹)。移民支援施設で知り合った元ギャングの男・カルロス(演:江頭宏哉)の壮絶な過去を知った蛇ノ目は、謎に包まれたメキシコの真実を報道すべく、移民たちと共に「野獣列車」に乗り込む。アメリカを目指す危険な旅路の果てに、彼らを待ち受けている運命とは……。
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