廣瀬さんの「夢」とは
北尾 廣瀬さんは出所者を迎えに行くんですよ、自分の車を運転して。そこにも同行させてもらったことがあるし、廣瀬さんにも迎えに行く理由を聞いたことがあるんです。すると、まず、そういう人たちはほとんど出迎えの人がいないんだと。「家族も友達も誰も迎えに来なくて、それは寂しいでしょう。出た時に誰かいたら嬉しいよね」というのがまず一点。もうひとつは、逃げないように。いきなり飛んじゃう人がいる。あとは、出所したらすぐに働けるわけじゃなくて、いろんな手続きがあるんですね。それで一緒に役所回りをするわけ。しかも廣瀬さんの自宅は土地がそこそこ広くて、プレハブをいっぱい建てて、住まわせている。
高橋 廣瀬さんが身元引受人になってるってことなんですね。
北尾 そうそう。だからしばらく目の届くところで生活しないといけない。「申し訳ないんだけど、プレハブで我慢してね」ってことで。そんな廣瀬さんが取材を通じて一貫してたのは、隠し事をしないということ。本を作るにあたっては、もちろん「自分以外の人については仮名にしてあげてください」ということはあったけど、自分のことについては全部書いていいと。あと、会社で話を聞いている時、社員との接し方を見ていても、もちろんタメ口だし、思ったことを全部言うんですよ。「お前のこういうとこがダメなんだ」とか。相手も言い返したりするんです。でも、それも、絶対仲直りできるっていう思いがすごくあるんです。騙されたり、裏切られることもあるんだけど、それよりは相手を疑って、切り捨てることをしたくない人なんだろうなと思いますね。
高橋 普通の社会だとなかなか難しいことですよね。一回何かあって前科がつくと、信頼されないという世の中だから、大変だなと、いつも思います。
北尾 廣瀬さんが唯一すごく嫌がるのは、僕が廣瀬さんを褒めること。「世のため人のために、すごいね」と言ったら、そうじゃないんだと否定されたんだよね。自分のためにやったら、たまたま途中からそうなっていったんだと言うんです。自分がかわいいし、威張りたいし、目立ちたいし、ミーハーなとこがある人間が、働き手がいないから困って始めたことで、後追いで制度を知って。それで、あ、自分みたいな過去を持つ人でも人に喜ばれるとか、役に立つことができるんだって気づいて、そこで、自分の生きる道が見つかったと思って、迷わずズンズン進んでいるわけです。だから「ただのいい人みたいな書き方はちょっと勘弁してよ」みたいなときはあったね。
高橋 読んでいるとそんな感じは、確かにします。
北尾 ただ、廣瀬さんが取材の終盤で「夢がある」って言いだしたんだよね。それまで一切夢を語らない人だったんですよ。聞くと、出所者が一時的に住めるような施設を運営したいんだと。そこまで聞いて、第一稿を書いたあと、廣瀬さんから電話がきて「物件を買った」って言うんだよ。施設にできるようなビジネスホテルを購入したの。本はそのあたりで終わっているんだけど、先日会ったら、もう内装も済んで、準備が整ったみたい。施設の名前はまだ決まってないみたいだったけど。
高橋 『マリア』にしたらいいんじゃないですか。
北尾 いいね、いいね。いいねぇ、それは。
構成/高橋ユキ 撮影/中川カンゴロー
創刊5年。日本初の少年院・刑務所専用求人誌『Chance !!』編集長が語る再犯の現実
〈刑務所出所者を雇用する社長〉栃木のレディース暴走族「魔罹啞」の初代総長は、いかにして刑務所出所者たちの“聖母”(マリア)となったのか?