廣瀬さんの「夢」とは

北尾 廣瀬さんは出所者を迎えに行くんですよ、自分の車を運転して。そこにも同行させてもらったことがあるし、廣瀬さんにも迎えに行く理由を聞いたことがあるんです。すると、まず、そういう人たちはほとんど出迎えの人がいないんだと。「家族も友達も誰も迎えに来なくて、それは寂しいでしょう。出た時に誰かいたら嬉しいよね」というのがまず一点。もうひとつは、逃げないように。いきなり飛んじゃう人がいる。あとは、出所したらすぐに働けるわけじゃなくて、いろんな手続きがあるんですね。それで一緒に役所回りをするわけ。しかも廣瀬さんの自宅は土地がそこそこ広くて、プレハブをいっぱい建てて、住まわせている。

暴走族初代総長、覚せい剤売人、手錠に腰縄をつけたまま獄中出産……鬼怒川温泉でお酌していた中学生コンパニオンの激しすぎる半生_4
「従業員とうまくやるコツは胃袋つかむこと」と話す廣瀬さん。料理をしながら、トラブル処理の携帯も手放せない社長業

高橋 廣瀬さんが身元引受人になってるってことなんですね。

北尾 そうそう。だからしばらく目の届くところで生活しないといけない。「申し訳ないんだけど、プレハブで我慢してね」ってことで。そんな廣瀬さんが取材を通じて一貫してたのは、隠し事をしないということ。本を作るにあたっては、もちろん「自分以外の人については仮名にしてあげてください」ということはあったけど、自分のことについては全部書いていいと。あと、会社で話を聞いている時、社員との接し方を見ていても、もちろんタメ口だし、思ったことを全部言うんですよ。「お前のこういうとこがダメなんだ」とか。相手も言い返したりするんです。でも、それも、絶対仲直りできるっていう思いがすごくあるんです。騙されたり、裏切られることもあるんだけど、それよりは相手を疑って、切り捨てることをしたくない人なんだろうなと思いますね。

暴走族初代総長、覚せい剤売人、手錠に腰縄をつけたまま獄中出産……鬼怒川温泉でお酌していた中学生コンパニオンの激しすぎる半生_5
廣瀬さんが立ち上げた建設会社は堅実に業績を伸ばし、地域にも密着してきた

高橋 普通の社会だとなかなか難しいことですよね。一回何かあって前科がつくと、信頼されないという世の中だから、大変だなと、いつも思います。

北尾 廣瀬さんが唯一すごく嫌がるのは、僕が廣瀬さんを褒めること。「世のため人のために、すごいね」と言ったら、そうじゃないんだと否定されたんだよね。自分のためにやったら、たまたま途中からそうなっていったんだと言うんです。自分がかわいいし、威張りたいし、目立ちたいし、ミーハーなとこがある人間が、働き手がいないから困って始めたことで、後追いで制度を知って。それで、あ、自分みたいな過去を持つ人でも人に喜ばれるとか、役に立つことができるんだって気づいて、そこで、自分の生きる道が見つかったと思って、迷わずズンズン進んでいるわけです。だから「ただのいい人みたいな書き方はちょっと勘弁してよ」みたいなときはあったね。

高橋 読んでいるとそんな感じは、確かにします。

北尾 ただ、廣瀬さんが取材の終盤で「夢がある」って言いだしたんだよね。それまで一切夢を語らない人だったんですよ。聞くと、出所者が一時的に住めるような施設を運営したいんだと。そこまで聞いて、第一稿を書いたあと、廣瀬さんから電話がきて「物件を買った」って言うんだよ。施設にできるようなビジネスホテルを購入したの。本はそのあたりで終わっているんだけど、先日会ったら、もう内装も済んで、準備が整ったみたい。施設の名前はまだ決まってないみたいだったけど。

高橋 『マリア』にしたらいいんじゃないですか。

北尾 いいね、いいね。いいねぇ、それは。

暴走族初代総長、覚せい剤売人、手錠に腰縄をつけたまま獄中出産……鬼怒川温泉でお酌していた中学生コンパニオンの激しすぎる半生_6
すべての画像を見る

構成/高橋ユキ 撮影/中川カンゴロー

創刊5年。日本初の少年院・刑務所専用求人誌『Chance !!』編集長が語る再犯の現実

〈刑務所出所者を雇用する社長〉栃木のレディース暴走族「魔罹啞」の初代総長は、いかにして刑務所出所者たちの“聖母”(マリア)となったのか?

人生上等! 未来なら変えられる
著者:北尾 トロ
暴走族初代総長、覚せい剤売人、手錠に腰縄をつけたまま獄中出産……鬼怒川温泉でお酌していた中学生コンパニオンの激しすぎる半生_6
2023年2月3日発売
1,980円(税込)
四六判/244ページ
ISBN:978-4-7976-7423-1
過去は変えられないけど、未来なら変えられる!
レディース暴走族『魔罹啞』の総長は、刑務所出所者たちのマリアになった。
二度の服役経験がある建設請負会社社長、廣瀬伸恵の激動の痛快半生を描く。

映画やドラマを上回るようなスピードで悪の道を突っ走った彼女は、中学2年生で家出、温泉街のコンパニオン、ヤクザによる監禁を経験する。その後レディース暴走族『魔罹啞』を結成。暴力もいとわず組織を大きくした。
やがて覚せい剤の売人になり二度服役。だが二度目の服役中に獄中出産すると、子どものためにと、がらりと生き方を変えた。
ところが、まっとうな仕事をしたくても、職場で素性がばれると居場所がなくなる。ようやく受け入れてくれたのは、建設業界。やがて建設請負会社を起業し、さまざまな出会いにも恵まれ、刑務所の出所者を雇用するようになる。
裏切られることも多いが「私は決して見捨てない」と、従業員のために寮を確保し、毎日ご飯をつくる。いまでは従業員のほとんどが出所者だ。
長年裁判傍聴を続け、犯罪者に慣れている著者の北尾トロにとってさえも、廣瀬の生き方は驚きだった。廣瀬が悪に走り、劇的な更生を遂げたのはなぜか。相棒のカメラマン、中川カンゴローとともに、その核心に迫り、軽妙な筆致で綴る。また犯罪を生み、更生を阻む社会の現状も問う。
amazon 楽天ブックス honto セブンネット TSUTAYA 紀伊国屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon