細かい会話やどうでもいいことを
ちまちま考えるのが好きだった
——『花男』は、読み返すたびに新たな発見があります。たとえば、牧野家が引っ越し準備をしているところにつくしが帰ってきて、お母さんに〈つくしは くつはいてるついでにガムテープ買ってきて〉と言われます。生活のリアリティが感じられて、ハッとしました。
こういうことって、実際にありますよね。私も親にお買い物を頼まれるときに、同じようなことを言われた経験があるんです。私は“庶民育ち”なので、そういう部分は、割と大切にして描いていました。
——名場面や名ゼリフのほかに、こうしたリアルなディテールが積み重なって『花男』は出来ているのだと、改めて思いました。
細かいところを描くのが好きなんですよ。名場面を描くときにはもちろん力が入るのですが、一方で細かい会話や皆さんが読み飛してしまうような“どうでもいいこと”をちまちま考えて描くのがすごく好きで。なので、初めて「靴」のシーンにフォーカスしていただけて、すごく嬉しいです。
——「名場面には力が入る」とおっしゃいましたが、描いていて気持ちがよかったりするのでしょうか。
名場面…と言われているところになるのかはわからないのですが、私の場合、その話の大事な場面がまず映像として頭の中に出てきて、遠くに見えるそこに向かって、考えながら、軌道修正をしながら持っていく…という作り方なんです。
なので「やっと辿り着いた。よし、頑張ろう!」という感じですね。自分の中にあるエモーショナルな部分と、綿密に計算する部分の2つで舵を取っていくような…。すごく疲れる作業ではあるのですが(笑)。
——その2つの間を行ったり来たりするのか、それとも並行させていくような感じなのでしょうか。
商業誌で漫画を描く方は皆さん同じだと思うのですが、「読んでいる人がどう思うか」とか、「自分が描きたいのはこっちだ」とか、話を見ている自分が何通りも同時に存在しているんです。私の場合は、4人ぐらいが見ているイメージですね。
——読者目線の自分と、描く自分…あと2人はどんなご自分でしょう。
話を理論づけていく自分と、最後は全体を見る自分、でしょうか。なかなか4人が揃うことはないのですが…。体調とか、その時々の状態によって、読んでいる人の目線で考えられないことも、もちろんあります。でも4人が揃うと、自分でも納得できる話作りができる気がします。
長い連載って、「一発勝負」みたいな側面もあるんです。決めた道に一度向かったら、戻って違う道に行くということはなかなかできない。なので、注意深く考えながら道を選ぶようにしていました。たとえば「道明寺のことが好き」と描いたのに、「やっぱり花沢類だった」とは描けないですから。