「生きて帰ることがデスマッチ」

おびただしい血を流し、凶器攻撃を真っ向から受け止めるデスマッチ。ある意味、倒錯した異常な空間は観客に「死」を連想させる。だからこそ、葛西はひとつの覚悟を持ってリングに上がる。

それが「生きて帰ることがデスマッチ」という哲学だ。

「世の中には、生きたいのに死んじまうヤツがゴマンといる。死んでもいい覚悟なんていらねぇんだよ」数えきれないほどの傷を負ってきたプロレスラー葛西純がデスマッチで闘い続ける執念_4
ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、葛西選手のバンテージには「Against War」の文字が書かれている

「デスマッチって非日常じゃないですか。だけど、非日常は日常の中にはいらないんです。血を流して命を落としかねないことをやるのはリングの上だけでいいんです。そんなものは日常にはいらない。血を流すのはリングの中だけで十分。そして、プロレスラーそのものが非日常でスゲェ存在じゃなきゃいけない。

俺っちは、その非日常のリングから生きて日常に帰った時にはじめて、客に『葛西純はスゲェー』って思わせることができるって思っているんです。死ぬかもしれないと客が思ったリングから生きて帰るからプロレスラーは超人なんですよ。だから『死ぬ覚悟』なんて俺っちにはないし、そんな言葉はカッコつけなんですよ」

葛西は、デスマッチという非日常で生きる素晴らしさ、命の大切さを訴えているのだ。そして、デスペラードに葛西は自らの魂を伝えたかった。団体も違えば、年齢もキャリアも下のデスペラードにそれほどまでに思い入れを持ったのは、対戦に至るまでのドラマがあった。

葛西とデスペラードは、2019年5月7日に後楽園ホールで初めて一騎打ちで激突した。凶器が飛び交う白熱の攻防だったが、葛西の顔面パンチでデスペラードは顎を骨折し、長期欠場に追い込まれた。アクシデントとはいえ、対戦相手を欠場に追い込むほどの重傷を負わせることはプロレスでは御法度だ。

葛西は自らを責め、試合から1か月後、顎の手術で入院しているデスペラードを謝罪の思いを込めて見舞った。

「俺っちと会うなりデスペに文句を言われたらどうしようと思いながら見舞いに行ったんです。それで病室で『悪かったな』って謝ると、彼は『俺は葛西さんと一騎打ちできたので十分なんです。試合は欠場しましたけど、それは全然、比になりません。それぐらい葛西さんとやれてよかった』と言ってくれたんです。その言葉で俺っちは救われました。
年下でキャリアも下だけど人間としてすごい、尊敬できると思いました。だから、この3年間、いつか彼と試合をしたいと思っていたんです」