どこかに闇を抱えた人間を撮りたい
──監督デビュー作『無能の人』(1991)は落ちぶれた漫画家の話、最新作『零落』は落ちかけている漫画家。どこか共通しているものがありますね。
やはり僕は、前向きな人間よりもどこかに闇を抱えた人間を撮りたいですね。そのほうが駆り立てられます。『零落』は、このタイトルに深く惹かれたんです。なんてドラマチックで、素敵なタイトルだろうと思いました。
夜の歩道橋にこの零落の文字が現れるカットは、原作を読み終えたときに、ふと浮かびました。そこに理由はありません。すべて直感です。原作者の浅野いにおさんもつげ義春さんの大ファンだったと知ったときは嬉しかったです。つげさんといにおさんには何か共通するものを感じます。
ある日、いにおさんが「竹中さんは僕とどこか似ているものを持っている」とおっしゃってくれて、なんだかそれがとても嬉しかったです。
完成した映画をいにおさんはとても気に入ってくれました。「よかったです」という、いにおさんのこの一言にゾワッと鳥肌がたちました。いにおさんが見たらどう思うのだろう……それが一番心配だった。
映画『零落』は、浅野いにおというたったひとりの観客に向けて作り上げた、いにおさんへのラブレターです。いにおさんにその思いが通じた……と思うと本当に嬉しいです。『無能の人』のときも、つげ義春というたったひとりの観客に向かって撮っていました。
──劇中のロケーションもすこぶる効果が出ていますね。
企画が通る前から、すでにロケハンを始めていました。原作を読み終えたときにイメージがたくさん浮かんで、そのイメージに近い場所を、早め早めに探しました。撮影現場ではスタッフの労力を少しでも減らしたいですからね。だから、製作が決まってから撮影まではすごく早かったです。
キャスティングも順調で、台本を刷った段階でキャスティング表はほとんど埋まっていました。これも中々、珍しいことです。
──キャストも全員いいですね。最初は女優陣のインパクトがものすごく強いけど、繰り返し見ると男優陣もさりげなく魅力を醸し出しているのがわかります。
そう言っていただけると嬉しいです。僕は自分の映画に出ている俳優は全員が主役だと思って撮影しています。脇役なんてひとりもいない。みんなそれぞれの人生があるわけですからね。
──一方、最近の監督作品にはご自身が出演されなくなってきてますね。
撮影後のラッシュ試写で自分の芝居を見るのがものすごく恥ずかしいんです。昔から自分の芝居を見るのは照れます(笑)。しかし、もし25年前だったら『零落』の主人公、深澤は自分が演じていたかもしれませんね。
でも『零落』の主人公は、絶対的に斎藤工です! 工以外、誰も深澤を演じられる俳優はいないです。これからもし、また自分が監督する映画があれば、監督に専念したいと思います。自分が出たら鬱陶しいだけです。それに出ないほうが楽だしね(笑)。
──閉塞感漂う今の時代、『零落』の主人公のように落ちるか落ちないか常に不安を抱きながら生きている人が多いようにも思われます。竹中さん自身も一時期、なかなか監督できない時期もありましたが、今また波に乗ってきている感がありますね。
本当に悲しいほど企画が通らない時期がありました。『ゾッキ』そして、『零落』と、ようやくまた撮れるようになったのは本当にありがたい限りです。
僕は、今生きていることは奇跡だって思うんです。生きていることは決して当たり前じゃない。ここ数年の間に、友がずいぶんこの世を去っていきました。年齢とともに死はとても身近なものになってきた。
時が経つのは本当にあっという間です。まさか自分が67歳なんてね。生きていれば歳はとるんですが、あまりに早すぎて(笑)。
取材・文/増當竜也 撮影/nae. ヘア&メイク/和田しづか スタイリスト/伊島れいか
『零落』(2023)上映時間:2時間8分
出演:斎藤工 趣里 MEGUMI 山下リオ
原作:浅野いにお
監督:竹中直人
脚本:倉持裕
音楽:志磨良平(ドレスコーズ)
漫画家の深澤薫(斎藤工)は、8年間の連載が終わり、予定していた新連載も延期となるなど、人気は下り坂。多忙な妻(MEGUMI)とはすれ違いの日々が続き、SNSには酷評がアップされる。さらに解雇したアシスタント(山下リオ)からはろくでなしの烙印を押され、どんどん鬱屈し自堕落になっていく。ある日、ふと“猫のような目”をした風俗嬢のちふゆ(趣里)と出会い、彼女との短い時間に安らぎを覚えるようになっていくのだが……。
3月17日(金)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
配給:日活/ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト:https://happinet-phantom.com/reiraku/#
©2023浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会