「インフォデミック」とは何か
前回の記事(小山田圭吾が炎上した”イジメ発言”騒動。雑誌による有名人の「人格プロデュース」は罪か?)で指摘したとおり、1990年代の2雑誌の記事に関しては、それぞれの編集部の責任を無視できないのは当然としても、小山田氏の側に反省すべきところが大きいこともまた、否定しようがない。しかし昨夏の騒動の直接の背景にあるのは、21世紀におけるウェブ空間の展開だ。
まずは巨大匿名掲示板2ちゃんねる(今日の5ちゃんねる)をはじめとするアンダーグラウンドなウェブ空間において、『ROJ』のいじめ発言の引用が広められ(以下、「2ちゃんコピペ」)、小山田氏をめぐる歪んだイメージが、そうした空間に出入りする人びとの間で強化されていった。これは今日「エコーチェンバー」現象として知られる事態にほかならない。
全世界に開かれているはずのインターネット空間のあちこちに小さな閉鎖空間が生まれ、そこが共鳴室(エコーチェンバー)のようになって同質の情報や感情のみが響き渡り増幅することで、閉鎖的なコミュニティの內部で誤情報や極端な信念が共有されていく。
21世紀初頭に最初に指摘されたこの現象が、今日に至るまで社会の大きな脅威であり続けているのは、日本の2ちゃんねるから派生した米国の4chan(フォーチャン)が、「Qアノン」と呼ばれる陰謀論者たちの温床となったことからも明らかだ。
しかし、今日いっそうの脅威として注目されているのは、エコーチェンバー內部の歪んだ情報や意見が何かのきっかけで一気に外に溢れ出し、広く一般に共有されるようになって、社会全体に感染症のように広まっていく事態だ。
小山田氏をめぐる騒動は、全体的には「インフォデミック」――「インフォメーション(情報)」と「パンデミック(世界規模の感染症)」からなる造語――と呼ばれるこの現象の一事例として説明され、記憶されるべきだろう。