「本当に必要とする人に届けたい」

iPhoneやiPad、スマートスピーカーなどのデバイスを活用すれば、障がいがあってもできることの幅が広がる。しかし、そのことを知っている人はまだ限られている。

「iPhone・iPadのアクセシビリティ機能には、音声コントロールやスイッチコントロールだけでなく、ヘッドトラッキングという機能もあります。これを使えば、頭を動かしてカーソルを動かしたり、舌を出してタップすることができるんです。全部、iPhone・iPadに標準で備わっている機能です。でも、こういう素晴らしい機能があることが、世間には全然伝わっていないんですよ」

アクセシビリティに関する情報は、いわゆる健常者には縁遠いもので、話題に上がることも少ない。高尾さんは、アクセシビリティ機能を必要とする人たちに情報を届けたいと思い、自分の経験や知識を書籍にまとめようと考えた。

書籍『iPadがあなたの生活をより良くする』(日経BP刊)は、高尾さんのみならず、アクセシビリティ技術の研究者やリハビリテーションの専門家など、何人ものスペシャリストが執筆に加わっている。

「命の次にiPadが大事」…10万人に1人の難病「ギラン・バレー症候群」と闘い続ける医師が健常者にも届けたいアクセシビリティ機能のこと_9
『闘病した医師からの提言 iPadがあなたの生活をより良くする』(日経BP 刊)。さまざまな種類の障がいに役立つデジタル活用情報が網羅されている

高尾さんのような運動機能の障がいだけでなく、視覚障がいや聴覚障がい、言語障がい、発達障がい、認知・記憶障がいを抱えている人など、幅広い人に対して役立つ情報が網羅されている。周りに障がい者がいる人なら、一読することで数多くのヒントを得られるはずだ。

「こういう情報は、障がい者本人が自力でたどり着くのはなかなか難しいと思います。だから、周りにいる人たちに届けないといけない。情報を書籍にまとめてみましたが、本当に必要な人に届けるにはまだ足りないと感じています」

2022年12月、高尾さんをはじめ東京慈恵会医科大学の教授や研究員7名が、デジタル庁の「デジタル推進委員」に任命された。デジタル推進委員とは、デジタル機器やサービスに不慣れな方に対し、デジタル機器の活用を支援することを目的に、デジタル庁が展開するものだ。デジタル社会の利便性を「誰一人取り残されず」に享受できる社会づくりを掲げている。

この取り組みに、医師であり障がい者でもある高尾さんが参加していることの意義は大きい。お役所仕事ではなく、真に当事者の視点に立って、多くの人々をよりよい暮らしへと導いてくれるに違いない。

「命の次にiPadが大事」…10万人に1人の難病「ギラン・バレー症候群」と闘い続ける医師が健常者にも届けたいアクセシビリティ機能のこと_10
東京慈恵会医科大学は、アクセシビリティの情報提供を目的としたWebサイト「アクセシビリティ・サポート・センター」を立ち上げた。現在は、アクセシビリティセミナーの動画などが掲載されている(https://www.asc-jikei.jp
すべての画像を見る

取材・文/小平淳一