AIのおかげで、スキルやマニュアルが要らなくなる時代は人間にとって幸せなのか? “機械が人に合わせる”時代に突入しはじめている
米マイクロソフトがパソコンに対話型AI機能を搭載し、テスト運用を開始。さらに独メルセデス・ベンツグループと組み、この対話型AI機能を試験的に自動車に搭載すると発表した。機械のほうが私たち人間に合わせて半ば自力で働いてくれるようになる時代は、本当にやってくるのか、そしてそれは幸せなことなのか。『AIと共に働く - ChatGPT、生成AIは私たちの仕事をどう変えるか -』 (ワニブックス【PLUS】新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
『AIと共に働く』#2
言葉の指示でパソコンを操作できるようにする仕組み「ウィンドウズ・コパイロット」の登場
オフィスワーカーの最も身近なツールであるパソコンが、私達人間の言う通りに働くロボットのようになる──米マイクロソフトが2023年6月にプレビュー(テスト公開)を開始した「ウィンドウズ・コパイロット」は、そんな時代の到来を予感させる対話型AIです。
「コパイロット(Copilot)」は副操縦士を意味し、人間が言葉で指示をすることでパソコンを操作できるようにする仕組みです。普段はウィンドウズのデスクトップ画面の最下部にあるタスクバーにアイコンとして常駐しています。
必要に応じて、このアイコンをクリックするとデスクトップ画面の右側に縦長のサイドバーが表示されます。これが私達ユーザーとコパイロット(AI)が対話するためのチャット画面になります(図1)。

図1 マイクロソフトの対話型AI「ウィンドウズ・コパイロット」。『AIと共に働く - ChatGPT、生成AIは私たちの仕事をどう変えるか -』より
このチャット画面を通して、ちょうどChatGPTのようにAIに対して様々な質問をすることができます。これらの質問にAIが答える形で、ユーザーが満足する回答を得るまでチャットが続いていきます。
また各種アプリの起動や操作、パソコンの設定変更、さらには文書ファイルの処理といった作業も、言葉による命令つまり「対話形式」でAIに指示することができます。
たとえば「ちょっと目が疲れたので、パソコンの操作環境を改善したいんだけど」とリクエストすると、AIが目に優しい画面設定を提案して自動的に変更します。
あるいは会議の議事録などの資料をPDFファイルにしてチャット画面にドラッグ・アンド・ドロップし、その資料の要約を指示することもできます。
さらに「気分転換に音楽が聴きたいな」などとリクエストすると、音楽配信サービスから楽曲のリスト等を含む再生画面を表示してくれる、といった具合です。
人とパソコンが対話しながら仕事をする
マイクロソフトは基本ソフトの「ウィンドウズ」に先立って、ワープロ「ワード」や表計算「エクセル」をはじめとするオフィスアプリ「Microsoft 365」にもコパイロット機能を導入し、これら定番の業務用ソフトもAIとの対話形式で操作できるようにしました。
今のところコパイロットは、あくまでサイドバーを経由したチャット、つまりテキスト形式の会話機能に限定されています。
しかし、いずれは音声認識機能と連携することで、私達が実際に口から発する言葉によってパソコンに指示を出し、パソコンの方でも合成音声による言葉で返事をするようになるでしょう。
つまり近い将来、私達はパソコンというAIロボットと音声で会話しながら仕事をするようになりそうです。

昨今のパソコンは過去に比べて使い易くなったとはいえ、ユーザーが特定の仕事に必要なアプリの名前を思い出せなかったり、(表計算の)エクセルや(プレゼン用ソフトの)パワーポイントなどの複雑な操作方法を習得するのに時間がかかったりするなど、実はそれほど使うのが簡単ではありませんでした。
しかしコパイロットの導入などにより、これからは私達がパソコンに「あれしろ、これしろ」と命令するだけで簡単に(あるいは直観的に)使えるようになるのです。
また「クリエイティブ・モード」あるいは「面白モード」などと端末の性格を設定することで、パソコンの方でも「はいはい、わかりました。人(機械?)使いが荒いですね」などと軽口を叩きながら私達と一緒に仕事をするようになるかもしれません。
ここまで行くと、ほとんどSFの世界ですが、技術的には現時点でも十分可能な射程圏内に入ってきています。あとはマイクロソフトのようなメーカー側がそれを本当にやるか否か、あるいは私達ユーザーがそれを受け入れるかどうか、だけで決まってくるでしょう。
あくまで筆者の個人的な予想ですが、恐らく最終的にはそうなるような気がします。
もちろん会社のオフィスでは周囲の同僚達の視線や職場の雰囲気にも配慮して、せいぜいチャットでパソコンを操作するのが関の山でしょう。
しかし在宅勤務の会社員や個人事業主らが自宅で長時間働く場合等には、孤独を紛らわせるためにもパソコンの対話型AIを話し相手に働くということは、今後十分あり得ると思うからです。
自動運転車のAIが「お安い御用で!」という時代が到来
こうした傾向はパソコンだけに留まりません。
独メルセデス・ベンツグループは2023年6月、米マイクロソフトと連携し、同社製の自動車にChatGPTによる対話型AI機能(図2)を試験的に搭載すると発表しました。
同社は以前から、音声でエアコンを操作したり音楽を再生したりするためのシステムをクルマに搭載しています。これに加えて今回のChatGPTの導入により、さらに高度できめ細かい操作が可能になります。
たとえばドライバーが運転中に音声で訪問先の詳細を尋ねたり、夕食のレシピを提案したりすることが可能になるといいます。
この対話型AIの機能は、まず米国で90万台以上のクルマに約3ヵ月間試験提供され、そこでドライバーから得られた反応をもとに本格的な導入が進められていく計画です。

図2 メルセデスベンツのChatGPTによる対話型AIシステム。『AIと共に働く - ChatGPT、生成AIは私たちの仕事をどう変えるか -』より
こうした車載の対話型AIは、今のところはいわゆる「インフォテインメント(情報・娯楽システム)」を音声で操作する機能に限定されていますが、いずれは自動運転技術の実用化と並行して「音声で行く先を指定すれば、クルマが自動でそこまで運んでくれるようなAIシステム」へと発展していくのではないでしょうか。
たとえば自動運転車に乗り込んだ人間がシートベルトを締めながら「急いで〇〇空港まで行ってくれ。途中の道は多分混んでるけど、何とか30分で着けないかな?」と頼むと、自動運転車のAIが「お安い御用で!」などと(言うかどうかまでは分かりませんが)行く先まで無事運んでくれる──そんな時代が間近に迫っています。
「人が機械に合わせる」時代から「機械が人に合わせる」時代に
このクルマにしても(前述の)パソコンにしても、以前ならユーザーがこれら機械の操作方法を、ある程度の時間をかけて習得する必要がありました。
たとえば、これまで自動車を運転するには、自動車教習所に通って教官の指導の下でアクセル、ブレーキ、ステアリング(ハンドル)などの基本的操作から、「縦列駐車」や「坂道発進」など高度な運転技術までマスターしなければなりませんでした。
あるいは1980年代のパソコン黎明期には、特に中高年層のビジネスパーソンらは、かなり苦労しながら、キーボードやマウスの使い方、基本ソフトやアプリケーション・ソフト(アプリ)などの概念や操作方法を学んでいきました。
また今でも、表計算ソフトをはじめ各種アプリやインターネットの操作方法などを学ぶパソコン教室は数多くあります。

これらの状況は言わば、「私達人間が自動車やパソコンという扱い難い機械に自分たちを合わせていた」と見ることができます。
しかし今後、マイクロソフトの「コパイロット」やメルセデス・ベンツグループによる対話型AI、さらに自動運転技術などが実用化されていけば、ユーザーは以前のようにパソコン教室や自動車教習所などに通って、それら複雑な機械の操作方法を学ぶ必要はなくなります。
何故なら、これらAIを搭載した機械の方が私達人間に合わせて半ば自力で働いてくれるようになるからです。私達はこれらの機械に「あれしろ、これしろ」と命令するだけです。
つまり、これまでの「人が機械に合わせる時代」から、これからは「機械が人に合わせる時代」へと社会が移り変わっていくのです。
スキルが要らなくなる時代は人間にとって幸せなのか?
機械が人に合わせる時代は一見、私達人間が苦労せずに何でもできるようになるから良い時代のようにも思えます。しかし本当にそうでしょうか?
これまでコンピュータや自動車のような機械を使うには何らかのスキル(技能)が必要とされてきましたが、機械が人に合わせるようになれば、そのようなスキルは無用になるでしょう。
これは私達にとって本当に幸せなことなのでしょうか?
ChatGPTが登場して以降、最近までの経緯を見ると、どうもそうではないような気がします。
IT系の雑誌やウェブメディアを見れば、「あなたの欲しい回答を引き出すベスト・プロンプトを大公開」といった見出しが躍っています。
具体的にはChatGPTに業務レポートを書かせたり、新製品のアイディアを提案させたり、表計算ソフトのデータ処理を自動化させたり、あるいは取引先へのお礼のメールを書かせたり、会議の録音データを文字起こしさせたり、その議事録を作らせたりと多岐にわたります。

これら様々な作業において「良いプロンプト」と「悪いプロンプト」の両方を紹介し、それによるChatGPTの出力結果を比較したうえで、「良いプロンプトにすると、こんなに良い結果が得られます」と謳っています。
しかしChatGPTにメールや業務報告書などを書かせる場合には、「送信先の相手に伝えたいこと」や「実際にその仕事で何をやったか」等を箇条書きで入力しなければなりません。その際、入力する情報が詳細であればあるほど、ChatGPTから出力されるメールや報告書もベターになるとされます。(前述の)IT系雑誌のベスト・プロンプト特集などでは、それを推奨しているわけです。
これがまさに「プロンプト・エンジニアリング」と呼ばれるものですが、かなりの量の情報をChatGPTに入力することになり、その結果出力されたメールやレポートよりも、箇条書きで入力した情報や様々な指定条件などを含むプロンプトの方が長くなってしまうこともあります。
そんな面倒なことをするくらいなら、最初から人間が自力でメールやレポートを書いた方が早いのではないか、と思ってしまいます。
また、そこまでプロンプト作りに苦心した割には、それほど優れた内容のメールやレポートが作成されたようにも見えません。が、それでもそういう努力や工夫をせざるを得ないように私達人間はできているようです。
言葉を換えれば、ChatGPTなど生成AIの登場によってパソコンなど機械を操作するための特殊技能は必要とされなくなってきているのに、人はどうしても(あまり必要とは思えない)プロンプト・エンジニアリングのような新たな技能を開拓し、それを磨きたいという欲求に駆られてしまう──そのように筆者には見えます。
文/小林雅一 写真/shutterstock
『AIと共に働く -ChatGPT、生成AIは私たちの仕事をどう変えるか-』 (ワニブックス【PLUS】新書)
小林雅一 (著)

2023/9/19
¥990
200ページ
978-4847066979
(ChatGPTと生成AIを)
「仕事のアシスタントとして
採用するなら、
これほどの適材は
他に見当たらないでしょう」
人工知能とそれを支えるクラウド技術などの進化を
長年追い続けてきた第一人者による、
最新技術を仕事に活かすためのいちばん丁寧な解説書。
具体的な事例なども随所に交えて、わかりやすくまとめました。
【主な内容】
第1章 ChatGPT、生成AIとは何か
第2章 生成AIは私達労働者の敵か、味方か
第3章 生成AIを仕事にどう使うか
第4章 未来予測――私達の生きる世界は今どこに向かっているのか
●調べ物の効率を圧倒的にアップさせる
●気の重いメールの返信を肩代わりさせる
●ぱっとしない日報を前向きに修正させる
●複数の英文記事をもとに日本語のレポートを作成
●魔法のように精巧で美しい画像を一瞬で描かせる
――など
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