近い将来、日本は80歳になってもがむしゃらに働く国に? “痛い目”に遭う前から始めたい資産防衛術
「私は現在55歳ですが、おそらく75歳、80歳まで働くのではないかと懸念しています」そう語るのは『インフレ課税と闘う!』の著者で、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏だ。もはや経済成長に期待できなくなった日本で生き残るために、今、最も必要なこととは?
インフレ課税と闘う!#11
成長し続けることでしか得られない「将来の安泰」
――昨今は「安い日本」といわれますが、それでも日本が貧しくなっている現実にあまり実感がない国民も少なくないと思います。
熊野(以下同)今の日本人のなかには、日本はもう成長しなくていい、いまのままでいいんだ。物価が高いのを我慢すればいいじゃないか。そんな割り切り方をしている人がけっこういるようです。でも、それは絶対にまずいです。日本人の多くが「もうそこそこでいいや」という心持ちになっていけば、さらに成長力は削がれて、どんどんマイナス成長の泥沼に落ちていきます。
日本の人口減少と高齢化が避けて通れないものであることは以前からわかっていたので、
1970年代ごろから福祉を手厚くしようと計画していたのだけれど、それはあくまでも成長が前提だったわけです。成長が止まろうとしている今、我々は将来、年金だけでは暮らしていけなくなるでしょう。

――少し前までは厚生年金は60歳からもらえたのに、いまは65歳からに変わっています。さらに今後は70歳、75歳からの支給開始になる可能性もあるわけですよね。
はい。私は現在55歳ですが、おそらく75歳、80歳まで働くのではないかと懸念しています。最後の数年だけ社会保障が面倒をみてくれるのではないか…いや、それも叶わないかもしれません。
やはり社会システム全体としては国家が経済成長していないと、システムは壊れてしまう。たぶん中国や韓国など高齢化している国はみな同じですが、現在は安泰でも将来は安泰ではなくなる。成長し続けることによって、将来の安泰は得られるのですね。
通用しなかった日本の垂直統合型経営
――かつては「物価上昇率が2%であれば、その国は成長している」、世界にはそんなコンセンサスが横たわっていたように思いますが、それについてはどうお考えでしょうか?
物価が2%上がればすべてがうまく回る、良い塩梅になると思っていたのは、各国中央銀行がそれをインフレ・ターゲットとして目標としていたからで、それがいつの間にかグローバル・スタンダードとなったきらいがあります。
ただし、本来は物価が2%上がれば、賃金も2%上がらなければならない。賃金が2%上がるためには生産性も3~4%上がらないといけないわけです。物価だけ上げればいいんだとみんな安直に思ってしまったところ、それがとんでもないことだったという現実を今、突きつけられているわけです。

結局、日本は生産性を上げるしかないわけで、それには競争を厭っていては駄目なのです。国内での競争をしなければならないし、海外とも競争しないといけない。そして、競争に負けたら、次にまた新しいことに挑まなければならない。競争というと、「敗者は淘汰される」と考える人がけっこう多いのですが、それは正しくないと思います。「敗北したら、また頑張ればいい」が正しい捉え方です。
日本は1980年代後半にいったん勝者の側に立った。でも、そのときに敗者となったアメリカが追い付いてきて、瞬く間に逆転されてしまった。半導体などは、その典型例でしょう。
80年代から90年代前半にかけては日の丸半導体は世界のトップを走っていました。日本が「垂直統合型」経営でシェアを伸ばしていたのに対し、米国勢、台湾勢は効率的な「水平分業型」経営で、徐々に盛り返していき、日本の立場は揺らいでいきました。ただし、そこで意気消沈するのではなく、抜かれたところからどうするかが、肝要だったのですが。
賃金をコストと考える日本の経営者
――本書で熊野さんが指摘されているように、日本では経営者が賃金をコストとして捉えすぎているような気がします。賃金を将来に対する先行投資だと考えたがらないのは、なぜでしょうか。
私がある宝飾店を取材したときに、そこの女性CEOがこんな話をしていました。「うちでは社員になるべく優雅な体験をさせるよう心がけています。そうしないとお客さまの気持ちに寄り添えないからです」、と。これはいい話だなと思いました。自分たちは富裕層を相手にしているわけだから、接する店員も富裕層の気持ちがわからないといけない。そういう人材を養成することが競争力をつけることになるのです。

外資系高級ホテルも、この宝飾店と同じベクトルで社員教育に努めていると聞きます。ありていに言えば無形資産、人材を磨くことにより、他に”複製”できない競争力を蓄えていますし、そうした方針は社員自身のアドバンテージ確立にも寄与しています。
ちなみに日本の外資系ホテル業界では、日本人社員の流動化が目立っています。意に沿わない配置転換が行われると離職者がけっこう出る一方、条件が合えば、前のホテルに戻ることもある。プラットホームとしての会社をよくしていけば、出ていった人材が戻ってきたりする。人に投資をするとは、そういうことなのではないでしょうか。
――逆に日本企業全般では、いったん会社に入ってしまうとそこに縛られてしまい、なかなか人材の流動性が進まない現実があります。
今はまさにSNSの時代を反映して、会社を辞めた人もみんな、どこかでつながっていたりします。言ってみれば、ヨーロッパの産業労働別労働組合みたいな感じですね。どこの会社で働いていてもある一定のスキルを持っている人たちはつながっているのです。
私の専門分野の一つに「労働経済論」があるのですが、日本も徐々に労働移動、特にスキルのある人たちの労働移動をもっと潤滑にしないといけません。縦割りの移動はもはや無理だと思う。人材のプールが小さすぎるからです。人を育てて、さらに人の流動性を高めることが、競争力のある海外企業と伍していくためにはきわめて重要です。ただし、頭でわかっていても、実行するのは簡単ではないのですが。
老人もがむしゃらに働く時代
――なぜ、日本の労働市場では、人材の流動化が進まないのでしょう。
日本企業に変わらないことが大好きな人たちがいて、賃金も生産性も低い人たちが会社に巣食っているからでしょう。日本企業の経営権を握っている人たちが「変わりたくない」と言っているかぎりは難しいですね。でも、今までそうだったとしても、会社が反省をして、失敗を教訓にして、変わればいいのです。

熊野氏(撮影/堀田力丸)
――日本の人たちはこれまで、厳しい現実をあまり突きつけてこられなかった。あるいは現実を見ないフリをしているうちに、ここまで来てしまった。でも、これからは問題の先送りができない時代に突入したように思います。
少子化同様、ラストチャンスの時期に来ていると思います。会社に勤めていて、老後は安泰だと思っていると、遅かれ早かれ自分が持っている資産は枯渇します。枯渇したらどうするのか? 働くしかないんです。現役のときにどういう身分だったとかは関係なく、郵便局でデリバリのバイトをするとか、がむしゃらに働かねばならなくなる。
それはそれでいいと思いますが、人生後半に追い込まれるというのを予定していなかった人にとっては、あまり好ましい話ではありません。
拙著のなかでもっとも読者に読んでいただきたいのは資産運用のところです。副業はちょっとスキルが高いのですが、資産運用をしないと社会保障だけでは食っていけないのがこれからの日本の実状なのです。
現在のインフレ傾向はまだまだ継続する可能性があります。過去の歴史を振り返っても、変化が起こり始めた当初は「これは一時的な現象だ」と過小評価され、しばらくしてから継続的なものだとわかってくる。“痛い目”にあう前から、少し早いかなと思うぐらいのタイミングで準備しておくことが賢明です。拙著が皆さんの将来計画や資産防衛のために、少しでも役立てばいいなと思っています。
文/熊野英生 写真/shutterstock
インフレ課税と闘う!
熊野 英生

2023年5月26日発売
1,980円(税込)
四六判/344ページ
978-4-08-786138-9
もはやインフレは止まらない!
これからの日本経済、私たちの生活はどうなる?
コロナ禍やウクライナ戦争を経て、世界経済の循環は滞り、エネルギー価格などが高騰した結果、世界中でインフレが日常化している。2022年からアメリカでは、8%を超えるインフレが続き、米国の0%だった金利は5%を超えるまでになろうとしている。世界経済のフェーズが完全に変わった!
30年以上、ずっとデフレが続いた日本も例外ではなく、ここ数年来、上昇してきた土地やマンションなどの不動産ばかりでなく、石油や天然ガスなどのエネルギー価格が高騰したため、まずは電気料金が上がった。さらに円安でも打撃を受け、輸入食品ばかりではく、今や日常の生鮮食品などの物価がぐんぐん上がりだした。2021年までのデフレモードはすっかり変わり、あらゆるものが値上げされ、家計にダメージが直撃した。
これからは、「物価は上昇するもの」というインフレ前提で、家計をやりくりし、財産も守っていかなければならない。一方、物価の上昇ほどには、給与所得は上がらず、しかもインフレからは逃れられないことから、これはまさに「インフレ課税」とも言えるだろう。
昨今の円安は、海外シフトを進めてきた日本の企業にとってもはや有利とは言えず、エネルギーや食料品の輸入が多い日本にとっては、ダメージの方が大きい。日本の経済力も、かつてGDPが世界2位であったことが夢のようで、衰退の方向に向かっている。日銀の総裁も植田総裁に変わったが、この金融緩和状況はしばらく続きそうだと言われている。
しかし日本経済が、大きな転換点に直面していることは疑いもない。国家破綻などありえないと言われてきたが、果たして本当にそうなのか?
これから日本経済はどう変わっていくのか? そんななかで、私たちはどのように働き、財産を築いていくべきなのか?
個人の防衛手段として外貨投資や、副業のすすめなど、具体的な対処法や、価値観の切り替えなども指南する、著者渾身の一冊!
関連記事
新着記事
「記者じゃない、当事者だ」ウクライナ侵攻開始直後、「あなたは何もしていない。記者でしょう? 書いたらどうなの」とウクライナ人妻から言われた日本人記者のホンネと葛藤
『ウクライナ・ダイアリー』#1

BE :FIRST生みの親、SKY-HIが危惧してきた日本の音楽芸能の「普通」。「CDを『たくさん買うこと』を応援の形と捉える歪なシステムは、直していったほうがいい」
マネジメントのはなし。#1

1億超が当たり前、高騰し続ける「首都圏駅チカ物件」がぼちぼち一等地ではなくなるのは本当か? ロボタクシー、スペースXは普及するのか
『世界最高峰の研究者たちが予測する未来』#2



「なぜ明石市のコミュニティバスが全国トップレベルの成功を収めているのか。その答えはサイレントマジョリティの声にあります」泉房穂×藻谷浩介
『日本が滅びる前に 明石モデルがひらく国家の未来』#1