#1

経済力も軍事力も大幅に中国に後れをとった日本がすべきこと

どれくらいの規模の防衛力が必要か、ともうひとつの論点として、外交と防衛の関係がある。

拙著『日本で軍事を語るということ -軍事分析入門』(中央公論新社)でも論じたが、防衛(軍事)はステートクラフトの1つの手段であり、外交や経済といった他の政策手段と並列の関係にある。

浜田靖一防衛大臣
浜田靖一防衛大臣
すべての画像を見る

ときどき誤解されるが、両者は「外交か、防衛か」といった二者択一の関係にはない。平時においては外交と防衛とは相互に補強し合う関係にあるし、ロシア・ウクライナ戦争において、ロシアもウクライナも積極的に外交を展開していることからわかるように、仮に戦争になったとしても、外交は機能し続ける。

必要なのは、「何ができて、何ができないのか」といった点を正確に理解し、両者を適切に使い分けていくことである。例えば、外交には「問題が悪化しないようにマネージする」「万一の有事に備えて味方を作る」といった機能がある。防衛には、「相手に強制外交や侵略をさせないように抑止する」「万一の有事には物理的に対処する」という機能がある。外交に何を期待し、防衛に何を期待するのか、議論を進めていく必要があるだろう。

なお、対中国政策の関係で、「問題が悪化しないようにマネージする」ことを抑止力の強化よりも重視すべきとの議論もあるが、留意しておかなければならない点がある。それは日本も米国も、冷戦終結以来、中国に積極的に関与し、「中国が強くなる前に変化させる」ことを目指す政策を既に展開してきたことである。しかし、それは失敗し、中国は、「変化する前に強く」なってしまった。

戦略は、「願望」と「能力」をバランスさせた上で追求しなければならない。中国との間で、「問題が悪化しないようにマネージする」外交を展開していくのは、「願望」としては理解できるが、2000年代、日本がまだ世界2位の経済大国であった時代にできなかったことを、中国に経済力で大幅に抜かれてしまい、軍事バランスでも劣勢に立たされた現在、実現する「能力」を十分に備えているのかについては冷徹な分析が必要であろう。

まずは軍事的な抑止力としての「能力」を強化していくことが必要ではないかという考え方こそが、「願望」と「能力」のバランスを取るためには必要ではないか。

外交によって「問題が悪化しないようにマネージする」のは当然としても、それを抑止力の強化「よりも」重視すべきだという議論は、「願望」と「能力」のバランスが欠如していると思われる。いずれにしても、外交と防衛をどのように組み合わせるのかについては、これからも議論を続けていく必要があろう。